わかりやすくて、安易な分析
共同通信の出口調査によれば、「投票先を決める際に交流サイト(SNS)を重視した人は約4割だった」というから、ソーシャルメディアが今回の選挙で重要な役割を果たした点は否定できない。産経新聞那覇支局長の大竹直樹氏は、投開票日翌日の14日、ニッポン放送の「辛坊治郎 ズーム そこまで言うか!」に出演し、「古謝さんの当選の要因の一つとして、インターネットやSNSの影響もあるのではないかなというふうに思っております」と話している。
大竹氏は、その根拠として、沖縄県議会の中継が切り抜かれてショート動画としてSNSで広まり、「玉城県政の実態というのが可視化されやすくなった」と分析している。インターネットサイト「選挙インサイト」による「沖縄県知事選『SNSのデマ』は結果を動かしたのか 年代別データで検証する」との記事は、大いに参考になる。
ただ、確かめておきたいのは、「SNSによる影響があったこと」は「SNSが選挙結果を決めたこと」と同じではない、という(当たり前の)点である。上で参照したメディアの分析もまた、「重視」や「影響もあるのではないか」といった表現を用いているところに注目しなければならない。
それなのに、いや、それゆえにこそ、県外の私(たち)は、「基地より経済」や「SNS原因論」といった、わかりやすく安易な「分析」に傾きがちになるのではないか。
「我慢」と「代表されていない」感覚
作家の佐藤優氏は、東洋経済オンラインの連載「知の技法 出世の作法」に、「沖縄県知事選の結果を誤読してはならない、県民の民意の『我慢』を『同意』と錯覚すれば日本の国家統合の基盤が揺らぐ」と題した文章を寄せ、沖縄社会の現実は、「基地か経済か」といった「単純な座標軸では捉えられない」と、注意を促している。
ポイントは、この「我慢」という表現である。その意味を考えるために、10年前、社会学者の大澤真幸氏が披露した分析が参考になる。大澤氏は、「辺野古における抵抗権」とのタイトルで、次のように説いていたからである。
この意思決定の担い手は、日本人でも日本政府でもなく、アメリカである、と大澤氏は言う。この点について大澤氏は、現代日本における政党政治にも応用し、「どの政党によっても、自ら(の意見)が代表されてはいないと感じる」、もしくは、「多くの人が複数政党制の代表メカニズムから疎外されていると感じている」と表現している(大澤真幸「推し活という政治」『世界』2026年8月号)。

