悪いのは中国産ではない
世界的ブームで日本産が品薄になる中、空白を埋めるのが中国産だ。前述の通り、銅仁の抹茶はすでに日本を含む54の国・地域へ輸出されている。「食卓の宇治抹茶が中国産になる」は、決して誇張ではないのだ。
前出のゼンショーは、取材に対して、同社として日本への輸入有無や輸入量、ならびに日本国内での店舗での使用有無については、「商品戦略の観点から回答を差し控えさせていただきます」との回答だったが、今後、中国産抹茶を国内で目にする機会も多くなるに違いない。
中国産の抹茶は爆発的に増え、今後も増える。だが、中国産を悪者にしたいわけではない。
茶道裏千家の準教授で、静岡の茶園と製茶工場を承継し生産から販売まで手がける株式会社TeaRoom代表の岩本涼さんによれば、「茶生産者の平均年収は90万円、平均年齢は68歳」であり、日本の茶業に、爆発する世界の需要へ応える増産余力はもはやない。※4
問題は、見た目では高級品も“まがい品”も「区別をつけにくいこと」だ。
中国では「宇治」を冠した茶関連の商標出願だけで191件が確認され、パッケージそっくりの「宇治抹茶」模倣品が海外に流通。京都の老舗・丸久小山園は自社だけで約3億円以上の実害を試算し、「ベトナムでは宇治茶は中国産と勘違いされている」と訴えた。※5
GI登録は入口にすぎない
こうした中国の動きに対して、日本の農林水産省もようやく2026年7月10日に「日本茶」を地理的表示(GI)保護制度に登録した。生産地を「日本国」とするGI登録は初めてだ(酒類では国税庁所管の「日本酒」が先行)。直接の背景は、まさにこの模倣品と抜け駆け商標登録(冒認出願)の問題だった。※6
しかし、これで解決したわけではない。GIが守るのは「日本産かどうか」。つまり名前だけだ。その象徴が「セレモニアルグレード(儀式用等級)」である。欧米市場で最上級を思わせるこの表示に、法的な定義はない。つまり、ほうれん草が入ったもの、量産品、宇治の手摘みの最高級品も、同じ「セレモニアル」の棚に並ぶことがあるのだ。
実際、日本の国立研究機関である農研機構も、抹茶が他の茶とどう違うのかが国際市場で十分に共有されていない現状を踏まえ、国際標準化機構(ISO)での抹茶の定義づくりを主導してきた。2022年には抹茶の定義に関する技術報告書(ISO TR 21380)が発行されたが、これは強制力のある規格ではなく、品質基準の国際規格化はこれからだ。※7
結局損をするのは、選べない消費者と、覆いをかけ石臼を回して、時間と労力をかけ本物を作っても差別化できない日本の茶農家である。
冒頭で紹介した茶谷さんは販売のプロとして言う。
「コーヒーにはスペシャルティコーヒーという基準があって、点数や農園単位で品質が分かるようになっています。抹茶にも、そういう基準を作るべきではないでしょうか」
コーヒーが歩んだ道が、そのまま手本になる。かつてコーヒーは、産地も品質も問われない日用品だった。それを変えたのが「スペシャルティコーヒー」だ。
業界は法律を待たず、自ら100点満点の採点基準を作り、一定の点数を超えた豆だけがその名を名乗れると定めた。産地表示は国単位から農園単位へと細かくなり、品種や精製方法までラベルに記され、消費者は高い一杯の理由を理解して選ぶようになった。高まった価値は、作り手にも還元されていった。※8

