「お前、逃げたんじゃないか」
本来そこにいたはずの家族を、マンガに登場させなかった。そのことへの後ろめたさは、宮川さんの中に残っていた。
普段は長兄のことをあまり思い出すことはなかったが、次兄から電話で時折、長兄のことを聞かされると、もう一人の自分がつぶやいた。「お前、逃げたんじゃないか。一人だけ東京で楽しく暮らして本当にそれでいいのか」と。
そこから10年以上、宮川さんは自らの内なる声と対峙し続けた。他人には簡単に語れない事情。マンガ家として評価を受けても、「逃げたのではないか」という声が小さくなることはなかった。
「今まで描いてこなかったお兄さんのことを描きませんか」。
2023年10月、宮川さんは編集者から提案を受けた。不思議と受け入れる自分がいることに気づいたという。
ずっと距離を置いてきた相手と、向き合わねばならない。「誰が読むんだろう」という迷いもあった。それでも、兄のことを描いてみようと決めた。初のドキュメンタリーコミックへの挑戦。絵のタッチも大きく変えた。
いざ書き始めてみると、想像していなかった壁があった。兄と向き合うことは、自分自身と向き合う作業でもあったのだ。
うつになっても兄を描き続けたい
宮川さんには、0か100かの極端な発想をしてしまう面があるという。外食先で子どもがケンカを始めれば、仲裁するのではなく「じゃあ帰ろう」となり、子どもがテレビのチャンネル決めでケンカを始めれば、なだめるのではなく「もう一つテレビを買おう」となる。家族を振り回す、どこか“普通ではない”部分が、兄だけでなく自分にもあると気づいた。
「このマンガを描くまでは、そんなこと思わなかったんですよ。長男さんとは顔もあまり似てないし、他人ぐらいの感覚だったんです。でも、マンガを描くにあたって改めて兄のことを見直した時に『ああ、この人の中にあるものと自分の中にあるものは、似ているんじゃないかな』とふっと気づく瞬間があって。ある種の異常性みたいなものが自分の中にあるんだな、と」
昔、交際していた女性が長兄のことを知ったとき「ああいうのって、遺伝するのかな」と聞いてきたことが忘れられない。息子が長兄のような子どもっぽい発言をすると「もしかして遺伝した?」と恐ろしくなってしまったこともある。
兄を描こうとすればするほど、自分自身が掘り返されていく。そんな割り切れない自分の感情さえ「描きたい」と思ってしまう自分も“名前のない病気”ではないのか――。多忙も重なり、心の負担は大きくなった。一時はうつ状態になり、休業も余儀なくされた。ただ、それでも取材を続けるうち、少しずつ兄を見る目が変わっていった。

