創業者が招いた、3度の倒産危機

スワロー食品が設立されたのは、1974年(昭和49年)のこと。創業者は日本に初めて春巻きを流通させた、台湾系企業の営業マンだった。しかし、突然会社が倒産したことで「自分がメーカーになろう」と、国内初の冷凍春巻き製造工場を立ち上げる。

はじめはすべて手作りしていたが、成型機をメーカーと共同開発し、機械化に成功。その後、ファミリーレストランの草分けである「すかいらーく」(現在は「ガスト」「バーミヤン」を運営する、すかいらーくホールディングスへと社名変更)で採用されたのを機に、一気に知名度を広げていった。

春巻きへの情熱から私財を投げ打ち、国内初の冷凍春巻き製造工場を立ち上げた、スワロー食品創業者 吉原 修氏(写真中央)
写真提供=スワロー食品
春巻きへの情熱から私財を投げ打ち、国内初の冷凍春巻き製造工場を立ち上げた、スワロー食品創業者 吉原 修氏(写真中央)

すると、大手食品メーカーが次々と春巻き市場に参入。同社は先行者利益を得ていたものの、創業者に「あるスキル」が欠けていたせいで、3度も倒産危機に見舞われることになった。

1度目の危機は、売り上げ全体の6〜7割を占めていた大手メーカーが、同社の技術を学び取り、自社工場を建設して製造を移管してしまったことだった。売り上げの大半が消えて困っていたところを、別の大手メーカーに助けられ補填できたが、数年後にその企業も製造を自社工場へと移した。これが2度目の危機である。

「先代は技術に対するこだわりが人一倍強く、職人気質な方でした。ただ、その思いの強さから、事業の継続という観点では、課題を抱えていたのも事実です。かつて、1つの皮の開発に1億円もの開発費を計上していたこともありましたからね……」

そう言って苦笑するのは、2代目社長の篠崎由博さんだ。

彼は創業者の血縁でもなければ、もともとスワロー食品の社員だったわけでもない。完全なる他所者だ。何のつながりもなかった二人が出会ったのは、奇しくも2012年に訪れた3度目の危機がきっかけだった。

創業者「君に買ってほしい」

当時、同社は生産量の増加を見込み、3つの工場を保有していた。だが、各工場の稼働率は40%と低く、明らかに過剰な設備投資だったと言えよう。その結果、13億円の売り上げに対して6億円もの借入があり、年間の利益がほぼ利息の支払いでなくなってしまう、という倒産寸前の状態に陥っていたのである。

この限界ギリギリの状況を救ったのが、元銀行員で税務コンサル事業を手がけていた篠崎さんだった。

銀行員時代の知見を生かし、なんとかリスケジュール(返済条件を見直して返済額や返済期間を調整すること)で危機を脱することができたものの、今度は後継がいないことを理由に事業を売却することに。このとき、税務顧問を任されるようになっていた彼に、創業者はこう声をかけた。

「君に(この会社を)買ってほしい」