実は死因は胃がんだった?
諏訪原城、小山城、深沢城、丸子城など、信玄が築いた城には、何かしら「丸さ」があることが特徴となる。縄張を丸く設計した田中城は、そんな信玄の円形へのこだわりが具現化した大作と言ってもよいだろう。
信玄の思いが詰まった田中城を、家康も東海道の要衝として重視していたようだ。江戸幕府を開いて田中藩が立藩されると、田中城に藩庁を設置。酒井忠利をはじめに、歴代の田中藩藩主は、その大半が幕閣入りを果たすことになる。
家康自身もお気に入りの城だったようで、趣味の鷹狩りを行うときに、たびたび訪れていた。問題となった鯛の食事も、鷹狩りのあとのことである。
健康に人一倍気を遣っていた家康だけに、田中城で食べた鯛の天ぷらが死因となったとすれば悔やまれるが、実際は違ったらしい。食中毒になってから死去まで数カ月も間が空いていることから、近年では死因は胃がんだったのではないかと言われている。
田中城はむしろ、死期が近づいていた家康が、腹を壊すほど食事を楽しんだ場所だったのではないか。そう考えると、話も丸く収まりそうだ。
「難攻不落」と評された名城
鳥取城
日本唯一!コストカットのために造られた丸い石垣
【◎所在地:鳥取県鳥取市/◎主な城主:池田長吉/◎へんな城度:★★★☆☆】
城を見るとき、やはり目を奪われるのは天守閣だろう。しかし、城歩きを重ねるにつれて、次第に石垣へと興味が移っていくということが珍しくない。どこから攻め込んでいくか……自分が敵兵になったつもりで、そんなふうに考えながら城を散策すると、石垣にも城によって特徴があることに気づかされる。
数多ある名城のなかでも石垣ファンをうならせるのが、鳥取城である。まずは、その圧倒的な石垣の量に驚かされるはず。そして、次に「丸い石垣」に目を奪われることだろう。
角ばった石垣を丸く積むという珍しさから、この石垣を目当てに訪れる観光客も多いようだ。
鳥取城は、戦国時代に因幡国(鳥取県)の守護である山名誠通が、標高263メートルの久松山の自然地形を利用して築いた山城が、その起源となっている(但馬守護・山名祐豊が築いたとする説もある)。
その防御性の高さから難攻不落の城と評された。

