実は死因は胃がんだった?

諏訪原城すわはらじょう、小山城こやまじょう、深沢城ふかさわじょう、丸子城まりこじょうなど、信玄が築いた城には、何かしら「丸さ」があることが特徴となる。縄張を丸く設計した田中城は、そんな信玄の円形へのこだわりが具現化した大作と言ってもよいだろう。

信玄の思いが詰まった田中城を、家康も東海道の要衝として重視していたようだ。江戸幕府を開いて田中藩が立藩されると、田中城に藩庁を設置。酒井忠利さかいただとしをはじめに、歴代の田中藩藩主は、その大半が幕閣入りを果たすことになる。

家康自身もお気に入りの城だったようで、趣味の鷹狩たかがりを行うときに、たびたび訪れていた。問題となった鯛の食事も、鷹狩りのあとのことである。