「失敗=死」だった時代の生存戦略
私たちの脳が感じる「危険」とは何なのでしょうか。現代社会を生きている私たちにとっては、生死に関わるような「危険」を感じる機会はめったにありません。
しかし、脳に刻まれた「危険」は違います。それは、原始時代の過酷な環境に適応するために刷り込まれた、本能的に避けたくなるリスクなのです。
そのなかには「失敗に伴う危険」と「エネルギー不足の危険」があります。
何万年ものあいだ、私たち人類の祖先はサバンナで熾烈な生存競争を生き抜いてきました。そんな原始時代の私たちにとって、やるべきタスクはすべて命に関わることでした。
食料を確保する。
安全な寝床を見つける。
雨風を防ぐ。
火を起こす。
どの仕事もやらなくては生きていけません。
ときにはライオンと戦ったり、マンモスを狩りに行ったりする必要もあったでしょう。私たちの生活はいつも命がけだったわけです。
脳にとっての「失敗に伴う危険」とは、まさにこうした「失敗が死に直結するようなタスク」を行うことへの恐怖を指しています。
生きていくために必要だとは言え、命がけの仕事はプレッシャーが大きく、できれば避けたいものであったことは想像に難しくありません。私たちの祖先にとって、行動を先延ばししてしまうことは、生存確率を上げるための進化の結果だったのです。
失敗するくらいなら何もしないほうがいい
また、そこから派生する二次的な危険もあります。それが「社会的なリスク」です。
人間は社会的動物だとよく言われます。それは、過酷な環境を生き抜いていくために、群れを作り、集団で身を守ったり、狩りをしたりする必要があったことに由来します。
もし狩りや採集などのタスクに失敗してしまうと、仲間から役に立たないと見放されたり、信頼を失ってしまう可能性があります。サバンナで仲間や群れから外されるということは、そのまま生存の危機につながります。
こうして、リスクを伴うタスクを目の前にすると、脳は群れから外される危険に対しても本能的に恐怖を感じ、「失敗する可能性があるくらいなら、はじめから何もしないほうがいい」と、行動にブレーキをかけてしまうようになります。
これが原始時代から私たちがやめられない「先延ばし」の正体の一つです。

