「笑みを浮かべて媚びた」との批判
約50分の表敬の冒頭、まず私は、格上である大統領に対して礼を尽くすことが重要と考え、自ら大統領に近づき、満面の笑みで「たいへん光栄です(great honor)」と述べた。お分かりいただけると思うが、かつてなく緊張するような場面で、しかも関税交渉である。
当時の日本国内の雰囲気からすれば、関税をかけられたうえに笑みを浮かべて媚びるとは何事か、それよりも深刻な態度で日本側の懸念を伝えるべきではないか、という意見もあり得たと思う。日本国内だけを向いているならば、そのようにしたほうが良かったかもしれない。しかし私は、交渉はあくまで人と人がおこなうものであり、だからこそ、最初はまず相手に対する礼儀から入るべきと考え、あえてそのような対応を選んだ。
トランプ大統領は、表敬直後にSNSで「たった今、通商について日本の代表団とお会いしたのはたいへん光栄(A great honor to have just met with the Japanese delegation on trade.)」と、表敬冒頭で私が使った言葉と同じ言葉で投稿されていた。こうした経過を見ても、私としては、批判されるリスクがありながらもあのような礼節ある態度をとって本当に良かったと思っている。
大統領から勧められた飲み物
さらにトランプ大統領のお人柄がうかがえるエピソードをもう一つ。
私が大統領の執務机の前に用意された椅子に座った途端、「赤澤大臣は何を飲みますか?」とお尋ねになった。大統領自らが私に何を飲みたいか訊いてくださったのである。
「何でも飲みますが、コーヒーはありますか?」と申し上げると、「コーヒーもあるが、ダイエット・コークもあるよ」とおっしゃったのでダイエット・コークをお願いした。
実は、もう30年以上前に米国コーネル大学に留学して以来、ダイエット・コークが好きな飲み物の上位を占めている。後から分かったことだが、トランプ大統領、ラトニック商務長官、そして私の共通の好きな飲み物がダイエット・コークということであった。
この話には後日談があって、帰国後にこの話を石破総理に申し上げたところ、「良いな。自分は飲み物を訊いてもらえなかった」と、たいそう羨ましがっておられた。
トランプ大統領は、テレビなどメディア媒体の一部が流すイメージとは異なり、こちら側が礼儀を示せば礼儀で返していただける紳士的な方であった。

