聞かれなければ、意見は生まれない

私は、この20年あまり、人的資源管理と労使関係を研究しながら、アメリカの企業、労働組合、NPO、地域組織を数多く訪ね歩いてきた。そこで繰り返し目にしたのは、意見の違う人たちの話を聞き、その人が何をしたいのかを探す手伝いをするという、地味な作業だった。

シカゴにミッドウェスト・アカデミーという学校がある。1973年に開かれ、労働組合やNPO、地域団体のまとめ役を育ててきた。その研修に1週間参加して、それまでの常識が崩れた。アメリカの活動家は誰もが議論がうまいと思い込んでいたのだが、実際には声の大きい人が長く話し、ほとんど発言しない人もいる。まるで日本の会議と変わらなかった。

研修で繰り返すのは、相手の話をどう聞くか、どんな質問をするか、黙っている人をどう会話に入れるかということだった。それを続けていると、発言しなかった人が自分の職場や家族について話し始める。よく話していた人のほうは、ほかの人が話すのを待つようになる。

そこで教えられるのは、一人ひとりの事情から出発して、それを持ち寄りながら要求へまとめていく手順である。誰に何を求めるのか、こちらにどれだけ力があるのか、どこで折り合うのか。こうしたことは、アメリカの市民運動が積み上げてきた利害調整の技術である。

ミッドウェスト・アカデミーの代表(左)と筆者(中央)
筆者提供
ミッドウェスト・アカデミーの代表(左)と筆者(中央)

アメリカ最大の労働組合の「流儀」

人は最初から、政策について完成した意見を持っているわけではない。「仕事で何に困っていますか」「家族について何が心配ですか」と聞かれて、はじめて立ち止まる。そこで自分の経験を話し、ほかの人の経験も聞くうちに、自分だけの事情だと思っていたことが同じ職場で繰り返されていると気づく。要求は、そうやって作られていく。

アメリカ最大の労働組合の全国組織AFL-CIOが、組合のない職場で働く人を地域からつなぐためにつくったWorking Americaという組織にも話を聞きに行った。会員500万人を超えるとされるこの組織も、一軒ずつ家を訪ねて普通の人の話を聞く。

その中心にいたスタッフであるキム・フェルナーに、方針を考える大学教授のようなブレーンがいるのかと尋ねたら、「いないわ。私たちが考えているのよ」という答えが返ってきた。