妙に説得力のある秀吉の言動

「敵」の来訪に戸惑い、「正気か⁉」と問う利家に秀吉は満面の笑みを返し、持参した酒を見せる。笑いながら「まことはわしが好きであろう? 正直に申せ!」という秀吉に、利家は刀を突きつけるが、秀吉は動じず、笑みを浮かべたまま「わしはお前が好きじゃ。殺されとうもないし、殺しとうもない」と語る。

そして、たがいの家族の交流について触れ、「又左(註・利家)、わしに力を貸してくれ」と説得をはじめた。「おぬしがわれらに降れば、さすがの鬼柴田もあきらめるであろう」。そして続けた。「このまま戦となれば、わしはお市様まで討たねばならぬ」。利家は「それが嫌なら負けを認め、われらに従うことじゃ」と答えるが、秀吉はこう説き続けた。

「それではなにも変わらぬ。柴田殿は、いまあるものを守ることはできても、あたらしき世をつくることはできまい。だから、わしはやると決めたのじゃ。もうこんな世はうんざりじゃからのう」。そして、いよいよ告げた。「又左、わしは天下人になる」。

驚くべき野望を聞かされた利家は戸惑い、「思い上がるな!」と怒鳴ったが、「そうじゃ、百姓上がりのサルには到底できぬ。大それたことよ。だからやるのじゃ。わしにしかつくれぬ世をつくってみせたいのじゃ」と秀吉。そして、「わしとともにやろう」と利家に真摯に誘いかけ、深々と頭を下げた。

池松壮亮の素晴らしい演技

結局、「なんでこのわしがお前に仕えねばならんのだ!」と怒り心頭の利家に、秀吉は追い出されてしまう。だが、じつは利家は秀吉の話に心を動かされていた。その後、勝家には織田家を守る意志しかないことを確認し、秀吉の示したビジョンのあたらしさとくらべて勝家に失望。ついに勝家を裏切って、秀吉方についた。

この場面の説得力とは、すなわち池松壮亮が演じる秀吉の魅力だった。呆れるほどの「人たらし」だった秀吉の魅力が、余すことなく伝えられていた。こんなにも「人たらし」だったから、つまり人心掌握術に長けていたからこそ、秀吉は天下を獲れたのだろう――。視聴者の多くがそう感じたのではないだろうか。

今年5月13日付の読売新聞のコラム「古今をちこち」に、日本史家の磯田道史氏が秀吉の人たらしのエピソードをわかりやすく書いていた。〈秀吉は役者である。(註・信長の次男の)信雄の警戒心を解くために会うと、「膝を折って手をつき(土下座)。ことばを出さず(信雄の目をみて、ただ)涙を」流して見せた。これには周囲も驚いたらしい。秀吉側近の竹中半兵衛の息子が記しているほどだ(『豊鑑』)。秀吉は「自分の得になる涙」なら幾らでも流す〉。

まさにこの「役者」たる秀吉が、池松壮亮の演技で見事に表現されていた。しかも、「豊臣兄弟!」では、秀吉が登場する大河ドラマの通例と違わず、秀吉が(少なくともいまのところは)愛されキャラとして描かれているので、視聴者も秀吉の「人たらし」ぶりにほだされてしまう。

秀長のお膝元、奈良県大和高田市にある「大河ドラマ館」。
撮影=プレジデントオンライン編集部
秀長のお膝元、奈良県大和高田市にある「大河ドラマ館」。