「ガチャン」と切る知事は、もういない
ひるがえって秋田県知事といえば、クマの駆除への抗議電話に「ガチャン」ですよ、と電話を切るポーズを見せた佐竹敬久・前知事が思い浮かぶ。プレジデントオンラインの取材に対しても、その「ガチャン」を再現していたほど強気だった佐竹氏とは異なり、今の鈴木健太知事は、「県民の皆様に大変不快な思いをさせてしまったことを深くおわび申し上げます」とコメントしている。
謝るのは良いとしても、今回の処分が妥当なのかどうか、疑問は消えない。145件の苦情は、時代の違いを考慮した上でなお、2000年に長野県に寄せられた1万件よりも、はるかに少ない。
それでも、「バスローブ姿で咥えタバコ会見」への「批判が殺到」してから20日ほどが過ぎた今では、先に見た橋下徹氏や谷真介氏などの弁護士によって、処分について「重すぎる」、あるいは「やや重い印象」と疑念が呈されている。
「炎上」が行政の原則を歪めていいのか
ことほどさように、「SNSなどで、さまざまな情報が発信され」る状況は、うつろいやすく、忘れられやすい。このニュースそのものへの関心よりも、処分が妥当かどうかのほうが、まだ注目されているほどだろう。炎上は短命だが、処分の傷は長く残り、今回の男性職員にとっては、職を失うほどのインパクトがある。
こうした状況に右往左往していては、行政の原則は、いくらでも捻じ曲げられてしまうのではないか。
もとより、日本では、大きく話題になった事件の刑事裁判で「社会的制裁を受けている」として、量刑の裁定にあたって考慮されるケースが少なくない。今回の秋田県の事案でも、すでに実名でさんざん報道されており、十分過ぎるほどに「社会的制裁を受けている」のではないか。
であるなら、秋田県は、まずもって今回の処分の妥当性について、広くウェブサイトなどを通じて、理由を明らかにすべきである。それが難しいのであれば、さまざまな基準に照らして、あらためて考え直すべきではないか。
ネットリンチに遭うだけではなく、リンチそのものが処分をさらに重くするのなら、その加重には、歯止めがきかなくなるのではないか。


