子どもの数が増えたのは「上位層」のみ
2000年と2025年とで、所得階級五分位(世帯を収入順に20%ずつ5つのグループに分けたもの)別に、夫婦の児童数・妻の有業率・夫の年収・妻の年収がそれぞれどれだけ増減したかを一覧にしたものが図表2です(収入は物価高を勘案した実質値)。
児童数が増えたのは上位20%層だけですが、児童数の増減は夫の収入と比例します。妻の有業率は年収階級に関係なく増えていますが、妻の収入増は夫が収入減と相関、つまり、夫の実質減少分を妻が補填しているわけです。
妻の収入がもっとも増えているのは中間層ですが、そこには中間層の経済的苦しさが見て取れます。そして、この中間層の夫婦数が激減している。つまり、中間層の結婚が減ったわけです。
フルタイムでバリバリ働く体力と意欲と環境のある「超人夫婦」だけが世帯年収をあげ、子どもの数を増やす一方で、それ以外の夫婦はむしろ「働けど子どもを増やす余裕はない」という状況と考えてよいでしょう。
社会の「押し付け」がもたらした弊害
つまり、「共働き・共育て」したい若者が増えたのではなく、それを「社会のデフォルト」とするような押しつけが、夫婦の子どもの数を減らしているのです。それどころか、「そもそも自分たちは、そんな超人みたいな夫婦にはなれない」と婚姻そのものが減っているわけです。
「社会が子どもを育てる」も「共働き・共育て」も理念として反対はしませんが、結果的に「お金がなければ子どもを持てない」「夫婦ともにお金を稼いで家事育児もフルパワーでなければ家庭を維持できない」という新たな障壁を作ってしまった。それが若者に「そんなに無理してまで結婚したくないし、子どもはいらない」と思わせてしまっているのではないでしょうか。
そこには、かつてあった「普通の安心」が失われている。かつての「普通」ではもう結婚も子どもを持つ資格もないと思わされている。むしろ独身の若者にしてみれば、結婚もせず、子どもも持たない人生のほうこそリスクのない「安心」という世界になってしまっています。
若者や子育て世帯を支援し、安心を提供したいと思って始めた政策が、「お金がなければ安心できない」という逆のバタフライ効果を生み、それぞれの「普通の安心」をも壊してしまった。この皮肉な事実を直視すべきだし、抜本的に政策を見直す段階に来ています。


