なぜ幼なじみの軍トップを粛清したのか
2026年1月24日、中国国防省が、中央軍事委員会副主席の張又侠と、連合参謀部参謀長の劉振立を、重大な規律・法律違反の疑いで調査すると発表した。人民解放軍の制服組トップと、作戦立案・指揮の中枢が同時に切られたわけである。
このニュースが多くの中国ウォッチャーを驚かせたのは、張又侠が習近平と極めて近い関係にあったからだ。
張の父・張宗遜と習近平の父・習仲勲は革命期からの戦友だった。張と習も幼い頃から近い環境で育ち、習近平にとって張は長年信頼を寄せてきた人物だった。また、だからこそ習は張を軍の最高位に据えたのである。
その張を、失脚説が広がってから短期間のうちに処分した。
問題は、張又侠という一人の軍人が消えたことだけではない。粛清によって軍の戦闘力が低下すると同時に、軍の実力について正確な情報を最高指導部に伝える仕組みまで壊れつつあることだ。
実戦を経験した貴重な人材だった
軍の弱さは、本来なら戦争を思いとどまらせる要因になる。だが、自軍が弱くなっていることを最高指導者自身が知らなければ、その弱さは抑止要因として機能しない。そこに、現在の中国が抱える最大の危険がある。
張又侠が人民解放軍内部で大きな存在感を持っていた最大の理由は、その経歴にある。
張は1979年の中越戦争に従軍した。人民解放軍が大規模な実戦を経験したのは、この中越戦争が事実上最後である。それから半世紀近く、人民解放軍は本格的な戦争を経験していない。
張は、実際に砲弾が飛び交う現場を経験した数少ない最高幹部だった。バイデン政権の国家安全保障担当大統領補佐官が訪中した際にも、張との会談が重視された。それだけアメリカ側も、張を人民解放軍の実態を知る重要人物とみていたということである。
では、なぜ軍の要である張が失脚したのか。複数の報道で指摘されているのが、台湾統一をめぐる認識の違いである。


