合理的な指導者なら戦おうとはしない
そして、さらに深刻なのは、習自身が軍の本当の状態を把握できなくなっている可能性があることだ。誰かを任命し、問題が発覚すれば粛清し、さらに忠誠心の高い人物を登用する。
このサイクルを繰り返せば、粛清のたびに経験者が消え、残った人間はさらに慎重になる。その結果、最高指導者に届く情報はますます乏しくなる。習が人民解放軍を統制しようとすればするほど、人民解放軍の状況を正確に掌握するのが難しくなる。
では、人民解放軍が弱体化しているのなら、台湾有事の可能性は低くなるのだろうか。
普通に考えればそうなる。台湾への大規模上陸作戦は、現代の軍事作戦のなかでも最も困難なものの一つである。海峡を渡り、制空・制海権を確保し、大量の兵員と兵器を上陸させ、その後も補給を維持しなければならない。さらに米軍や日本の動向も計算に入れる必要がある。
人民解放軍に問題が多ければ多いほど、合理的な指導者なら慎重になるはずである。しかし、ここに独裁体制特有の危険がある。
「自軍の実態」を把握できない独裁者
軍が弱いことと、最高指導者が「軍は弱い」と認識していることは同じではない。粛清によって軍内部の情報が歪められているなら、「台湾作戦の準備は順調である」「ロケット軍は予定通り戦力化されている」「アメリカは大規模な介入を避ける」といった、最高指導者が望む情報ばかりが上がってくる可能性がある。
ここで重要なのは、「アメリカが必ず参戦するかどうか」を断定することではない。台湾有事を決断する側にとって重要なのは、アメリカが介入する可能性をどれだけ正確に計算できるかである。
中国側がアメリカの介入可能性を過小評価し、自軍の能力を過大評価すれば、戦争を始めるハードルは下がる。これはロシアによるウクライナ侵攻でも見られた事象だ。
戦争を始める国家が、自国の能力と相手側の抵抗力を正確に認識しているとは限らない。大規模な戦争ほど、開戦前の重大な誤算によって始まることがある。だからこそ、人民解放軍の弱体化を「台湾有事が遠のいた証拠」とだけ見るのは危険である。
軍の弱さは、本来なら戦争を抑止する。だが、その弱さを最高指導者が正確に認識できなければ、抑止にはならない。

