ハリボテの実力を信じたまま戦うと…
腐敗そのものなら、検査を強化し、処罰を厳しくすれば一定程度抑えることができる。だが、悪い情報を出した人間が危険になる組織では、検査制度そのものが機能しない。検査する側も「問題はなかった」と報告した方が安全だからである。
「水ミサイル問題」の本当の怖さもここにある。ミサイルに問題があったこと以上に、その問題が軍の意思決定システムのなかで正常に処理されなかったことの方が重要だ。
2025年12月、中国は台湾周辺で「正義使命2025」と呼ばれる大規模演習を行い、統合作戦能力を誇示した。もちろん、演習には実戦的な訓練としての意味がある。だが、使用する兵器や部隊は事前に選定され、計画されたシナリオのもとで動く。そこで成功しても、戦時の想定外の事態で同じ能力が発揮できるとは限らない。
まして「成功」という政治的な結論が最初から求められれば、演習は検証ではなく成果発表の場になる。軍隊に必要なのは「成功した演習」ではなく、「失敗を発見できる演習」である。
現在の人民解放軍で、その「失敗」を誰が習近平に報告できるだろうか。
判断力を失った軍隊は実戦に弱い
張又侠と劉振立の失脚によって、中央軍事委員会は異例の状態になった。2022年時点で7人いたメンバーは、習近平と張昇民を中心とする極端に縮小した体制となった。
張又侠は軍の装備や組織運営に深く関わり、劉振立は作戦計画を担う連合参謀部の責任者だった。二人を同時に排除することは、人民解放軍の戦争準備を支えてきた人的な中枢を取り除くことになる。
残された張昇民は、軍事作戦の専門家というより、軍内部に共産党の統制を徹底する政治工作・規律検査の経歴を歩んできた人物である。
現在の人民解放軍では、戦争を遂行する能力より、軍を政治的に統制する能力が重視されるようになっているのである。ここに習政権の矛盾が集約されている。軍隊においても政治的統制はたしかに必要だ。だが、統制を優先するあまり現場の自律的判断まで失わせれば、実戦では逆効果になる。
現代戦では、通信が途絶し、予定していた作戦が崩れ、敵が予想外の行動をとったとき、現場の指揮官がその場で判断しなければならない。
ところが、判断を間違えれば政治的責任を問われる組織では、指揮官は独断を避ける。「命令されていないことをしない」ことが、最も安全な行動になる。恐怖による統制が強くなればなるほど、軍が自己判断力を失い、戦場では自立的に動けず脆くなる。

