「倫理」はテクノロジーの暴走を止められるのか
時計の針を2018年まで巻き戻し、賀博士が「ゲノム編集赤ちゃん」について発表した時の中国政府の動きを見ると、点と点がつながるだろう。
あの国際ヒトゲノム編集サミット報告の2日前、中国共産党が発行する『人民日報』には、こんな大見出しと、賀博士の功績を褒め称える記事が派手に掲載されていた。
〈世界で初めての、ゲノム編集によるHIV耐性乳児が中国で誕生〉
賀博士の功績によって、中国のゲノム編集技術を使った疾病予防分野は、ついに歴史的領域に到達したのだ。
グローバル化されたこの世界で、〈倫理〉がテクノロジーの進化を止めるのは難しい。西洋の価値観や学界の倫理に縛られない国々や企業や投資家たちが国境を越えてドル箱になる研究者たちを取り込むからだ。
イギリスやフランスやドイツでは、遺伝子を編集した精子や卵子や受精卵での妊娠・出産は、法律できっちり禁じられているが、米国では、受精卵の遺伝子編集研究への「公的資金」は禁止でも、企業による投資は、経済活動の自由と見なされる。
2025年5月20日。
賀博士がゲノム編集赤ちゃんの件で、世界中から集中砲火を浴びていた時、博士を堂々と支持した唯一の生物物理学者、バイオハッカーのジョシー・ザイナー博士はXにこう書き込んだ。
〈私はいつだって人間の遺伝子を編集したいし、科学者の本音はみんなそう。そうでないという科学者がいたら、彼らは嘘をついている〉
「生老病死」――釈迦はこの4つを、人間が逃れられない苦しみと呼んだが今「生」を設計できるようになった私たちは、次の苦しみにも手を出そうとしている。


