本書に手を出したのは、確定申告のレシートの山と格闘しつつ、こいつを逃れ……もとい圧縮する方法を期待してのことだった。が、むろんそんなうまい脱税指南は出ていない。税金逃れの各種手法は、個別の具体的な制度の抜け穴を突くものだからだ。本書は有史以来の税金の様々な事例をもとに、むしろもっと大きな税の考え方と、その、ときに悲惨な、ときにユーモラスな影響を示そうとする本だ。

『課税と脱税の経済史 古今の(悪)知恵で学ぶ租税理論』
『課税と脱税の経済史 古今の(悪)知恵で学ぶ租税理論』
マイケル・キーン、ジョエル・スレムロッド 著、 中島由華 訳
● みすず書房 ● 本体価格4,500円+税

個別の事例は実に楽しい。天草の乱を引き起こした苛烈な徴税から「クロヨン※」、税回避イノベーションの発泡酒まで、日本の事例も多い。個人的にツボだったのは、少子化対策で時々話題に上る独身税。南米で導入された際、もてない男への優しい配慮として、求婚を蹴られたら免税になった。するとプロの求婚断り屋というかぐや姫みたいな商売が乱立したという……。

※編集部注 クロヨン:税務署が業種別に把握している課税所得の捕捉率。給与所得者9割、自営業者6割、農林水産業従事者4割と言われ、不公平さを表している。

そこから見えてくるのは、公平性と十分性の間で繰り広げられる涙ぐましい試行錯誤の歴史だ。それは有史以来の国家主権と税の悩ましい格闘ぶりでもある。税金は転嫁できる部分も多い。ならば、だれが本当にその税金を負担しているのか? 社会の中でのその意義とは?

また税金は人々の行動を変え、社会を動かす手段としても使われる。たとえばタバコや酒などの課税などだ。だがそれも決して一筋縄ではいかないことも示される。拙訳『21世紀の資本』でピケティは、累進資産課税と国際資本台帳の整備で世界の格差問題の抜本的解決を唱えていたが、本書を読むとこうした大なたの有効性についても(いささか悲観的な)見通しが得られそうだ。

そして最後に話は税の未来だ。国家主権と不可分だった課税権が、いまや国際化に伴い分離しつつある。すると将来的な税金の意義とあり方とは? 本書はそうした悩みの一方で、ブロックチェーンや遺伝子マーカーを使った課税というアイデアなどを示す。これはもう少し詳述してほしかったところではあるが、それはないものねだりか。

「脱税」を強調した邦題で本書を1月に出したのが、確定申告で税金(逃れ)に意識が向いた評者などを狙った版元の目論見ならお見事。まだお済みでない方は、投げ出すより延滞金を払ってもすっきり済ませるほうが税務的にも心理的にもよいですぞ。その後で本書を読めば、変な下心抜きで自分の終えた面倒な作業の意義も腹に落ちるというもの。ちなみに本書は、花ぎれが上は銀色、下は金色という色違いの変わった装幀。底に隠した黄金を上辺は銀に見せる脱税手法の比喩か? そんなことに気づく心の余裕も出る。本書の購入費も経費だ。少し高めの領収書が出てくると小躍りした先月の気分を思い出して、来年同時期の自分のためにも是非ご購入を!

山形 浩生(やまがた・ひろお)
評論家、翻訳家

1964年、東京都生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学科修士課程およびマサチューセッツ工科大学(MIT)大学院修士課程修了。著書に『翻訳者の全技術』(星海社新書)、訳書にピケティ『21世紀の資本』(みすず書房)、オーウェル『一九八四』(講談社)など多数。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2025年5月2日号)の一部を再編集したものです。

(イラストレーション=保光敏将)

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