リスク分散する中国、家族一緒の日本

私の前々回の時論(http://president.jp/articles/-/1660)では、わが国の小商人が家族を軸にして経営を行っている姿を素描した。それに関連して、前回の加護野忠男氏の時論(http://president.jp/articles/-/3711)では、家族は経済の重要な基礎ユニットになるのではないかという問題提起があった。私も、同感で、現に家族のありようがその地域・その国の経済のありように大きい影響を与えていると思う。家族という文化の影響は、1000年単位に及ぶ深いものなのだ。今回もそれらの話を受けて、わが国の家族の大事な性格を明らかにしよう。

さて、中国や台湾や韓国といった東アジア諸国を旅された方は気づかれるだろうが、日本にもましてそれらの国々の小商人は活気に満ちている。そこを歩くと、大声でお客さんと掛け合いをしている店主に出会う。その地を訪ねるたびに、私の地元である大阪の庶民的な商店街や小売り市場、あるいは博多などで立ち並ぶ屋台の姿と重ね合わせて見てしまう。そして、文化は、香港から上海、台北、そしてソウル、釜山、博多、大阪と、東シナ海や日本海を隔ててもつながっていることを実感する。まさに一衣帯水である。

このように、家族で店を切り盛りする小商人、そしてそれらの小商人が構成するまちの姿は似ている。しかし、その姿は、実は表面的でしかないのではないかと私は思っている。時間を経て、まちの変容や、まちを構成する商人の変容を見ると、きっと違っているはずだ。目に見えない家族の絆における違いが、東アジア諸国と日本のあいだに存在する。こんな寓話から始めよう。