テロ被害者家族との面会
その後、コーヘン外相同席のもと、テロ被害者のご家族たちとお会いしました。
ご家族の方々の状況については、代表者の方が一人ひとりのケースについて説明してくれました。ある方は2組のカップル4名でイスラエルで開催されたミュージックライブに参加していたところ、そのうちの2人が拉致されて人質にされたとのことでした。言うまでもなくイスラエル側にも被害が出ていて、被害者が存在します。私との面談などを通じて、イスラエル政府が自国を被害者だと国際世論に向け強くPRしたいという考えであることを感じました。
ほかにもテロ攻撃で亡くなった方やハマスに連れ去られ人質とされている方のご家族などいずれも悲痛な思いのもと、自らの体験を語ってくださいました。当時日本の報道ではイスラエルによる報復攻撃の激しさやガザの深刻な被害についてが大きく扱われていましたが、国家対国家の外交の場面ではあっても、被害者はやはり一般のイスラエル市民であり、そうした人たちとも積極的に接点を持つことで新たな外交の切り口が模索できるのではないかと強く感じました。
ガザ地区の人道状況の深刻化に触れる
被害者家族の方々との面会の後には、イスラエルのイツハク・ヘルツォグ大統領を表敬訪問しました。ここでもハマスのテロ攻撃に対しては断固非難すると述べたうえで、ご遺族らへの哀悼の意やお見舞いを申し述べるとともに、ガザ地区の人道状況の深刻化にも触れました。その際、全ての行動は国際人道法を含む国際法に従って行われるべきことを強調しました。
同日の午後には、パレスチナのヨルダン川西岸地区へ車で移動しました。イスラエルと西岸地区の間には、イスラエル側、パレスチナ側のそれぞれの関門があり、パレスチナ側の関門ではかなり威圧的に「ここで車から降りるように」と通告されました。緊張感の高まる一幕でしたが、一体何のために降りる必要があるのか問い合わせたところ、特に回答がなかったので車から降りることはせず、そのまま行くことにしました。
関門近くの山の表面にはあちこちに穴が開いた盛り土が点在していましたが、おそらく機関銃やミサイルなどが発射されるサイトなのでしょう。イスラエルとパレスチナの間は平時からいざとなればすぐに攻撃に移れるような一触即発の状態なのだろうと思うと、さらに緊張感は増しました。

