※本稿は、本郷和人『カラー版 皇室のお宝』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
正統な継承者だけが手にできる三種の神器
令和に入って、皇居三の丸尚蔵館が開館し、全国各地の県立美術館で同館所蔵の名宝展が巡回するなど、私たち日本人にとって皇室のお宝はずいぶん身近なものとなりました。しかし、例外的に秘宝中の秘宝として守られ、画像公開すら行われていない皇室のお宝があります。それが、神話の時代から皇室で脈々と受け継がれてきた《三種の神器》です。
皇位を継ぐ正統な継承者だけが手にすることができるとされるその三つの品々は、果たしてどのようなお宝なのでしょうか? そもそもこの世に実在するものなのでしょうか? 本稿では、歴史研究者として、できるだけタブーなしで《三種の神器》の秘密に切り込んでみたいと思います。
なぜ3つかは「わからない」
《三種の神器》と聞くと、「それ自体が神々しくて、とにかく凄いものだ」と言われがちです。でも僕は、皇室を大切に思う一方で、「神器が凄いから天皇も偉大なのだ」という説明には乗りません。世界の王室にはだいたい王権の徴(しるし・レガリア)がある。日本の《三種の神器》もそのひとつですが、運用方法は実に日本的でもあります。
神器は鏡・勾玉・剣。なぜ三つか? ここは正直、よくわかりません。わからないものは「わからない」と言うのが学者です。ただ、実物を見ていないとはいえ、三つそれぞれの“キャラクター”は見えてきます。勾玉は日本的で、翡翠だと急にありがたみが増す。「侘び寂び」が感じられる素朴な宝物です。鏡は古墳からも出土しているし、神社の御神体でもある顔が映るでしょう。神様がそこに現れる感じがして、祭祀と相性がいい。剣は、アーサー王のエクスカリバーではないですが、どこの国でも王権の象徴になりやすい。
ただし皇室のレガリアは、昔から三種だけだったのではありません。平安時代、順徳上皇が書き残した史料によると、琵琶の名器「玄象」が出てきたり、剣でも「大刀契」というお宝が語られたりする。火事で焼けたり散逸したりもするので、「いつから“三種”へと収束したのか」は、本当はもっと検証が必要です。それでも中世には「天皇と三種の神器はセット」という感覚がはっきりありました。平家が安徳天皇を連れて都落ちするとき、三種の神器も一緒に持ち出したことはよく知られた逸話です。

