豊臣秀吉が愛用したとされる兜が「一の谷馬藺兜」だ。元・東京大学史料編纂所教授の本郷和人さんは「鎧兜にはその人の趣味や自己像、美意識が濃く出やすい。人をあっと言わせるものを好む秀吉のキャラクターにぴったりの兜だ」という――。

※本稿は、本郷和人『カラー版 皇室のお宝』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

奇抜なデザインの兜が流行

ここ数年、刀剣ブームが続いていますが、鎧兜よろいかぶとの世界も徐々に注目されるようになってきています。そこで「皇室のお宝」ではないですが、興味深い武家のお宝を見てみましょう。特に面白いのが、戦国武将たちが愛用した「変わり兜」と呼ばれる個性的な兜の数々です。

2026年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」のオープニングムービーでも、豊臣秀吉が愛用したとされる「一の谷馬藺兜いちのたにばりんのかぶと」が映りますが、孔雀が羽を広げたように頭上の飾りが放射状に伸びる奇抜なデザインは、一度見たら忘れられないインパクトがあります。おそらく戦場でも、皆の度肝を抜いたことでしょう。では、戦国時代には、なぜこのような変わり兜が大流行したのでしょうか? そして、実際の戦闘シーンでは、果たして役に立ったのでしょうか?

《一の谷馬藺兜》
《一の谷馬藺兜》(安土桃山~江戸時代〔16~17世紀〕、東京国立博物館収蔵、Colbaseより)(画像=『カラー版 皇室のお宝』)

鎧兜には自己像や美意識が濃く出る

戦国時代の鎧兜よろいかぶとは個性的なデザインが多くて本当に見飽きないなと思います。この《一の谷馬藺兜》もまず、カメラのレフ板のような反射板を思わせる後部の板が非常に印象的です。切り立った崖のようにも見えることから、昔の人はここから源平合戦の「一ノ谷の戦い」での義経が駆け下りた一ノ谷の断崖を連想したのでしょう。

これに加えて、ヤツデなどの葉から着想した放射状に広がる派手な飾りが添えられている。馬藺(和名ねじあやめ)は常緑多年草で、「葉は狭長にしてねじれ、痩剣状を成して尖り」(『牧野新日本植物図鑑』)とあります。地形の記憶と植物のかたちを組み合わせた、きわめて凝った変わり兜です。

ここで面白いのは、刀と兜の違いです。刀剣は、昔から贈答品として武家社会のなかで流通してきました。刀は立派なお土産になるし、何かあれば手放され、また別の家に渡っていく。いわば天下の回り物です。ところが、鎧兜はそうはいかない。もちろん例外的に交換されることはありますが、基本的には持ち主に強く結びついていて、簡単には流通しません。だからこそ、鎧兜にはその人の趣味や自己像、美意識が濃く出やすいのです。