県議と地元国会議員の暗闘

なぜ福岡県連、県議団はこれほどまでに強いのか。それは、県議団の結束力にある。

かつて福岡には、実力派の国会議員が多数存在した。麻生太郎氏、古賀誠氏、山崎拓氏といった面々だ。いずれも党幹事長を経験した政界の強面で、しかも互いに仲がいいわけではない。それぞれが自分の選挙区出身の県議を使い、県政に自らの思惑を通そうとした。

こうした大物たちの横車に振り回されないため、県議たちは会派としての結束を固めていった。だが、その結束は諸刃の剣でもあった。異なる方針で動いた者は徹底的に干すという、そんな「内部規律」が生まれたのである。実際、何人かの有力県議は県議団の方針に従わず、やがて姿を消した。

その規律が近年、標的にしたのが、当選11期を誇る超ベテラン、小倉北区選出の中村明彦県議だ。

中村明彦氏
中村明彦氏(写真=福岡県議会公式サイトより)

中村氏は2023年の北九州市長選で、自民党福岡県連推薦の候補に敵対する武内和久・現北九州市長を推した。9区の支部長問題でも、麻生太郎氏の意向を受け、県連が欠格とした三原朝利衆院議員を陰から支援したのが中村氏だった。

これを県議団は、党推薦以外の候補を応援した「反党行為」とした。北九州市長選の直後、中村氏は松尾統章県議団会長と中尾県議団幹事長(ともに肩書は当時)の査問を受けた。しかし中村氏は「妻は動いたが自分は動いていない」と反党行為を否定した。この時、同時に査問に呼ばれたのが吉松氏だった。中村氏を慕う吉松氏は同様に反党行為を行っていたとみなされたのだ。

吉松氏は松尾氏から「(県議団に逆らう)中村と手を切る最後のチャンスだ」、「中村を慕えば、福岡県連の幹部への道もないぞ」という主旨の言葉をかけられ、諭されたという。

告発のウラにあった追放劇

しかし、吉松氏は「中村さんについていく」と県議団に背を向けた。これにより、福岡県連幹部への道は事実上閉ざされた。「もう一度反党行為があれば除名する」との言葉も、2人に言い渡されたという。

2024年の衆院選で、吉松氏は自民公認の宮内秀樹衆院議員に対抗し、福岡4区から無所属で立候補、党籍を離れた。一方、中村氏は2025年4月まで県議団に残っていた。だが、この中村氏に松尾会長と中尾幹事長は、会派・自民党県議団に登録しないと通告する。実質上の追放である。

結束を信条とする県議団にとっては当然の措置だったのかもしれない。しかし中村氏はこれに激怒した。心酔する麻生太郎氏に訴えたが、その力も及ばず、追放されることになる。

中村氏は追放されるとすぐ、先に無所属となっていた吉松氏と「自由と繁栄の会」という会派を結成した。おそらくこの時から、県議団の不正追及を吉松氏とともに始めたとみられる。前述の江藤氏や高島宗一郎福岡市長など、カネにまつわる暴露をしたのは、いずれも中村氏と関係の深い人物ばかりだ。