笑って働けているかどうか

社長は、会社の肝である集客を、入ったばかりの私に丸ごと預けてくれました。一切の迷いもなく。「なんでもやっていいよ」。使えるお金は月20万円だけ。その20万で会員を毎月1000人増やせなければ、会社は終わる。そんな緊迫感とワクワクのある会社でした。

外銀は、毎日何百億が動く場所。その桁に比べれば小さな資本金かもしれません。でも私には、なけなしの一億からひねり出した、この集客に使える20万円のほうが、ずっと重かった。しくじれば、社長が必死に立ち上げた会社は消える。あの外銀のフロアでは背負ったことのない重さでした。

不思議でした。会社が消えるかどうかの瀬戸際で、追い詰められているのに、その時間が楽しくてたまらなかったのです。なけなしの1億からひねり出した20万を、5人で1円残らず生かそうと知恵を絞る。最後に賭けたツイッター(現X)が2万のいいねを集め、登録の通知音が鳴り止まなくなった夜は、全員で笑い転げました。アプリの人気ランキングを開くと、私たちのアプリが、あのIKEAのすぐ上に。「俺たち、IKEA越えか〜」。

あとになって思います。あの笑いは、ただ楽しいだけの笑いではありませんでした。重い責任を、信じ合える仲間と分け合えている。その安心が、笑顔になっていたのだと。笑って働けているか。それだけが、この仕事は自分のものだと教えてくれる、たった一つの“しるし”でした。

「大事にしたいこと」の見つけ方

その“しるし”の見つけ方は、難しくありません。直近1カ月で、お腹の底から笑った場面を一つ思い出す。それだけです。

田中優輝『東大卒、年収1100万をやめて刺しゅうをはじめたワケ 冷めたまま働きつづける前に』(世界文化社)
田中優輝『東大卒、年収1100万をやめて刺しゅうをはじめたワケ 冷めたまま働きつづける前に』(世界文化社)

場面が浮かんだら、三つだけ書き出してみてください。どこにいたか。誰と。何をしていたか。この三つが揃うと、自分が仕事に求めている条件が見えてきます。あとで知ったのですが、心理学者のラス・ハリスも、大事にしたいことは羅針盤のようなものだと言っていました。でも私は、こうも思うのです。その羅針盤は、頭で考えても出てこない。心から笑えた瞬間にだけ、針が正直に振れるのだと。

私の場合、答えはすぐ出ました。深夜のコンビニ。タッキーと二人。他愛もない話をしながら歩いていた。条件は、顔が見える相手と、答えのない会話と、自分が選んだ時間。外銀の仕事には、この三つが一つもなかった。箱根の夜も、インターンのあの夜も、その三つが揃っていました。だから静かに、決まってしまった。布団の中で、私は天井を見ていました。

明日、辞めると言おう。