本音は楽しいときにしか出てこない
奇跡的に、同期5人がそろって休日がとれた、とある11月の土曜日。半年に一度あるかないかのその休日に、誰かが言いました。「箱根に行こうか」。全員、即決でした。金曜の深夜まで仕事をしていた5人が、翌朝、新宿駅のホームに立っていました。
箱根へ向かう途中、5人でスーパーに寄りました。カートを押しながら、誰かが「これ美味しそう」「それ多すぎじゃない」と言い合いながら、異様に長いレシートを掲げて、みんなで笑い転げる。
おかしかったのは、レシートではありません。この5人で、こういう時間が持てたことが、思いのほか楽しかったのです。スウェット姿で、誰の顔色も見ていない。外銀のフロアでは、一度もなかった時間。旅館に着いて、浴衣に着替えて、温泉に入る。夜は、5人で買ってきた食材を囲みました。同期の一人の誕生日。誰かがケーキを持ち出してきて、本人の顔が笑顔でぐしゃっと崩れる。「え、マジ⁉」と言ったきり、言葉が続かない。笑いが止まらない。
9カ月で一番、生きていた夜でした。
最後まで実感できなかった億単位のカネ
外銀時代の9カ月で、誰かの顔がそんなふうに笑顔で崩れるのを、一度も見たことがない。喜びも疲れも全部飲み込んで、仕事をする場所は眉間にしわをよせて、神経をとがらせる場所、自分もそう思っていました。
その顔を見ながら、私は気づきました。誰かの笑顔を見てうれしくなる仕事がしたい。笑顔で顔が崩れるほど楽しい場所で、働きたいと。
外銀では、毎日、億という金額が動いていました。けれど、そのお金が誰のものなのか、私には最後まで見えませんでした。画面の向こうに誰がいるのかも、わからない。大きな数字を動かしても、自分の手は、何にも触れていない気がしていました。
顔の見えるお金を、顔の見える人と動かす。その手触りを、私は一度だけ知っていました。大学4年のインターンです。
化粧品のECアプリを作る、社長を入れて5人の会社。社長は実績もないまま投資家に頭を下げ、何度もプレゼンを重ね、ようやく1億円の資本をかき集めて立ち上げた会社です。まさになけなしのお金。そのお金で回る会社を、私はそばでずっと見ていました。

