一呼吸おいて、中島社長は「そもそも急激に儲かるような時代とちゃいますもん。鉛筆削りでね。伸びる業界はどんどん儲けてもいいんですよ。でも、私たちはそうじゃないので」と豪快に笑い飛ばす。

「商売とは、おかげさまですわ」

この堅実な経営スタンスがコロナ禍でも生きた。国や自治体からの給付金を使うことなく、事業を継続するだけの売り上げを確保できたという。それによって後年、給付金の支給金額をそっくりそのまま大阪府へ戻そうと、大阪・関西万博に寄付をした。

興味深いのは、中島社長だけでなく、同社では代々、寄付をすることが“常識”になっている。

創業者である幸雄氏は、大阪府立中之島図書館に所蔵されていた米国の技術書を読み、製造技術を学んだことが創業のきっかけとなった。それに対する感謝として、後年、中之島図書館に寄付を行った。2代目の良規氏は、大阪府から受けた融資に恩返しするため、1億円を大阪府に遺贈した。中島社長も上述した給付金のほか、「TSUNAGO」の商品の売り上げの一部を森林保全団体に寄付している。

なぜここまで社会に貢献しようとするのか。中島社長は即座に答える。

「商売とは、おかげさまですわ。働いている人に感謝、お客さんに感謝、協力工場に感謝、家族に感謝、地域に感謝することが大事やと思います。自分一人では生きていかれへんから、社会で少しでも役立たないといけない」

中島社長は続ける。

「ものづくりは感謝されるんですよ。いい商品を作ってお客さんにお渡しすれば喜んでもらえる。喜んでもらったことでお金がもらえるんやから、やり甲斐はあります。そのためには手を抜かずに、しっかりと質の高い商品を作らなければ駄目です」

「我々の代で途絶えさせたらあかん」

日本のものづくりが脚光を浴びる中、中島社長が痛感しているのは、「メイド・イン・ジャパン」というブランドにあぐらをかいている会社が散見されることである。メイド・イン・ジャパンの価値は、先人たちが築いてきたものであり、そこに乗っからせてもらっている事実を忘れてはいけないという。だからこそ、日本のブランド価値を毀損しないよう、世界に通用するものづくりに対して使命感を持っている。

「先人たちが日本製は良いものだということを築き上げてこられた。それを我々の代で途絶えさせたらあかんという自覚はあります。世界のどこにもないアドバンテージを終わらせちゃいけない」

小さな町工場の堅持。この姿勢こそ、今の日本にとって大切なものではないだろうか。中島社長の言葉は重く、しかし、この国の未来に光を差し込んでくれる金言だった。

中島重久堂の通用口
筆者撮影
これからも「メイド・イン・ジャパン」のブランド価値を守り抜く
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