海外展開と並行して、会社としてのブランディング活動にも注力。「メイド・イン・ジャパン」や「メイド・イン・大阪」を世界にアピールしていくようになった。そうした過程で生まれた新商品が「TSUNAGO」だ。
“もったいないの精神”を体現した鉛筆削りで、短くなって使いにくい鉛筆をつなぎ合わせ、最後まで使い切ることができるといった特徴を持つ。2015年に発売するや注文が殺到。しばらくは入荷待ちが続いたヒット商品で、同年のグッドデザイン賞を受賞したほか、「大阪製ブランド」の優秀優良製品にも認定された。
大阪でものづくりを続ける理由
創業以来、大阪の地でものづくりに打ち込んできた中島重久堂。地域密着の恩恵は雇用面でも受けている。
高い賃金を払って多くの正社員を採用するようなことはできないため、従業員の大半はパートタイムで働く地元の女性である。しかし、彼女たちがスキルを身に付け、今では鉛筆削り作りの屋台骨を担う。元々は普通の主婦だった人たちが、今では立派な“職人”になっているのだ。
「長年ここで根を張っているからできたこと。ものづくりの品質って、働いている人なんですよ。『人格が品質』です。だから、この人を替えてしまったらゼロからやり直し。うちの会社のマダムたちは、質の高い鉛筆削りを作ることで、お客さまが喜び、それによって仕事が回っていることをきちんと理解しています。そうした薫陶を会社の先輩たちからも受け継いできたわけです。同じことを、人のつながりのない違う場所でやるなんて不可能ですよ」
海外は言うまでもなく、日本の中でも大阪しか考えられないと、中島社長は断言する。
「自社商品のパッケージには『Made in Osaka, Japan』と入れています。大阪の人間ですから、やはりこの街が好きなんですよ。なぜ好きかといえば、東京や名古屋とは違った活気、文化がある。大阪には先人たちが培って、育んできたものづくりの基盤がある。ものづくりの末席として今、鉛筆削りを任されているわけだから、この街であることへのこだわりはあります」
「儲かりそうな時が一番危ないんですよ」
とはいえ、地元・大阪の人間であれば誰でもウエルカムかと言えば、決してそうではない。中島重久堂の採用条件は厳しく、真剣にものづくりに打ち込める者だけに門戸を開く。これは自惚れでも何でもなく、易々と辞められては困るという、小さな町工場の現実である。そのためにも身の丈にあった経営をしなければならない。中島社長が何度も口にしたのが、儲かりすぎては駄目だということだ。
「商売においては加減が大事。例えば、好景気の時にはどこにでも鉛筆削りは売れたと思うのですが、そうはせずに、きちんと商品の価値を理解してくれる会社だけと取引しました。それが今でも生きていますし、私たちが苦しい時でも途切れずに注文をいただきました。当時、派手にバーンっと売っていたら、結局それで事業は終わってしまったかもしれません。儲かりそうな時が一番危ないんですよね。できるだけ急激に売り上げが大きくならないようにしたことで、不況の波にも耐え得る財務体質を築くことができたのです」


