「強右衛門」は実名ではなく通称

日本漢字能力検定協会編『漢字の大疑問 いつも使っているのに意外と知らない言葉の世界』(マガジンハウス新書)
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「強右衛門」は実名ではなく通称であり、研究者によれば、「性剛直にして人に屈することを欲せず、みずから強右衛門と称した」と伝えられています。しかし、「強い」という性格的特徴と、「すね」という読み方とは、直接に結びつくとは考えにくいものです。実際、強右衛門の生きた16世紀中頃までの中国の字書や古典注釈の中には、「強、拗也」のように「拗ねる」に通じる語義を与える記述は見当たりません。

そこで日本側の史料、とりわけ当時の漢和辞典を検討してみると、いわゆる古本節用集の一つ『伊京集』(16世紀頃写)に、「強者(ス子モノ)」(子=ネ)という語が掲出されていることが確認できます。『日本国語大辞典(第2版)』によれば、「強者(スネモノ)」は「強情を張る、ひねくれた者」の意であり、「拗者」と同義とされています。現在のところ、これ以外に「強」を「すね」と読む用例は見出されず、強右衛門の名乗りは、室町時代の漢和辞典『伊京集』に見える語彙に基づいていた可能性が高いと考えられます。

「キラキラネーム」に近い存在

鳥居強右衛門の「強」の読みは、当時としても現在でいうところの「キラキラネーム」に近い存在であったのではないかと思われます。しかし、私たちは「和」を「かず」と読むなど、漢字の中心的な意味でないものや、また字と意味との対応がまったくつかめないような読み方でも、人名における使用を通じて受け入れ、名乗り訓として受容してきたという歴史的経緯があります。

そう考えると、現在は奇異に受け取られがちな読み方の名付けであっても、時間の経過とともに慣習化し、いずれは「ごく普通の読み方」として受け入れられていく可能性も十分にあると言えるでしょう。

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