日本の労働生産性が低いワケ

労働生産性が低いということは、日本の労働者の能力が低いという意味でしょうか?

少なくとも私はそのようには思いません。むしろ、個々の労働者の能力で見れば、日本人は真面目で丁寧で、根気強く、能力の高い人が多いのではないでしょうか。

労働生産性の低さは、労働者の能力というよりも、それだけ仕事の価値が認められてこなかったことを表していると捉えるべきでしょう。

つまり、仕事の価値が認められない中で、真面目に丁寧に根気強く働いてしまうからこそ、労働生産性が低いともいえそうです。

労働生産性が低いのは、投入される労働量に対してアウトプットである付加価値が低いことを意味します。本来は高い対価を得るべき仕事をしているのに、その仕事の対価が低かったり無償だったりすると、必然的に付加価値に対して投入される労働量がかさみ、労働生産性が低下します。

スーパーで買い物をする若いビジネスパーソン
写真=iStock.com/maroke
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仕事の価値を薄める過剰サービス

たとえば、コンビニエンスストアの店員の仕事を思い浮かべてみましょう。

日本では購入した商品を店員が無償で袋詰めしてくれます。袋詰めの仕方が少しでもつたないと、怒り出す顧客もいますね。さらに、お弁当を温めたり、箸やスプーンなども提供されたりします。店員がこなすべき仕事はどんどん複雑化し、膨大になっています。

しかも、このようなコンビニは特別ではなく、24時間営業でいたるところに存在します。都内では、コンビニの目の前に、別のチェーンのコンビニがあるのも珍しくありませんね。

一方で、日本よりも労働生産性が高い欧州では24時間営業のコンビニエンスストア自体が稀ですし、顧客が自分で袋詰めするのが当たり前です。些細ささいなことでクレームをつけても、日本のように申し訳なさそうに従順に対応してもらえるどころか、逆に怒り返されることも多いそうです。

どちらも同じ小売店ですが、提供される労力は日本のほうがかなり多いのではないでしょうか。その分、仕事の価値が薄まり、労働生産性が低下しているのです。

これは非常にわかりやすい例ですが、日本ではこのような無償・安価なサービスがいたるところに存在しています。

皆さんも消費者として取引をする際の様々な場面を思い返してみてください。不愉快に感じることや、不便に感じることはほとんどないのではないでしょうか?

日本はそれだけ、売り手側が買い手に配慮し、過剰品質・過剰サービスがあふれる環境となっているわけです。

顧客からすれば嬉しいですが、働き手としては自分たちの仕事の価値を安売りされ、労力の割には付加価値や給与が増えず、労働生産性を低下させることに他なりません。