多種多様なビールが製造されている
もちろん、北朝鮮ビールのすべてが完璧というわけではない。「政府高官御用達」という触れ込みのプレミアム感ある「鳳鶴(ポンハク)ビール」は、確かに独特の甘みはあるものの薄く、ボディに物足りなさがあり、期待とのギャップが大きかった。
また、お土産用としても広く普及している「平壌(ピョンヤン)ビール」は、良くいえばライトで飲みやすいが、その味は北京の「燕京(ヤンジン)ビール」にそっくりで、やはり「薄い」印象だ。実態としては、大衆向けの廉価版という印象が拭えなかった。
このように「濃厚な黒、最先端の酸味、王道の安定感、そして大衆向けの薄味」と、その味わいは実に多彩だ。北朝鮮のビールは、単一の味から「多様なターゲットの味覚を狙い撃ちする」段階へと、我々の想像を超えるスピードで進化しているのである。
外交関係の変化で輸出先を変更
さて、多様なターゲットを狙う北朝鮮のビール戦略は、ポストコロナにおける外貨獲得の一形態といえよう。これら北朝鮮製のビールが中国市場へ流れ込む背景には、制裁下を生き抜くための緻密な工夫が隠されているのだ。
筆者が各銘柄の裏ラベルを検証したところ、特定の巨大商社が流通を独占するのではなく、銘柄ごとに個別の中国企業が紐づく「1銘柄1社」という分散的な構造が採られていた。興味深いのは、一部銘柄の輸入元が「文化発展」や「科技」といった社名を冠していることだ。たまたま彼らの人脈で見つかった貿易会社がそこだったのかもしれないし、一見して貿易とは無縁な業態に「擬態」することで、監視の目を潜り抜けようとしている可能性もある。
また、彼らのサプライチェーンは、我々の想像以上に政治的だ。一時期、中国市場に大量流入していた「豆満江ビール」は突如として姿を消したが、時を同じくして、急接近するロシア市場での販売開始が報じられた。市場原理ではなく、外交関係の変化によって一夜にして輸出先を切り替える姿は、地政学的なダイナミズムそのものだ。
国家レベルで見れば、北朝鮮ビールは制裁を回避し、外貨を稼ぎ、外交カードとして使うための極めて優秀なツールとして機能している。我々が「北朝鮮=粗悪品」という先入観を抱いている間にも、彼らはしたたかに国境の向こう側で極上の一杯を売り捌いているのだ。

