横浜市副市長時代に格差を実感

私はこの悲惨な状況を、2003年に横浜市の副市長になって初めて実感しました。それまで都心で仕事をしていたので、丸の内に勤めて仕事と育児を両立しながらバリバリ働いている女性ばかり目にしていたのですが、そんな人は世の中のごく一部で、裏には死屍累々の山が築かれているのだと気づきました。

しかも氷河期世代は人口が多くて人手が余っていたものだから、99年には原則として全職種での派遣が、2004年には製造業への派遣が解禁されてしまいました。

これによって、それまで多くの女性が就いていた「一般職」といわれる事務職は派遣労働者への置き換えが進み、女性の正規採用のルートが一気に狭まりました。