息も絶え絶えな日本社会の劣化状態
本書の第3章で述べるとおり、政治の劣化は、たとえば自民党についてみるなら、かつてのそれを支えていた「保守本流」としての気概の喪失、ポピュリズム的な色彩の強い右傾化傾向、社会的問題が山積しているアメリカの支配層の意向に防衛のみならず経済面でも迎合する傾向等に明らかだし、野党の劣化、無力化も否めない。
行政官僚については、もはや良質な人材の確保自体がかなり困難になってきている危機的な状況である。
マスメディアも、司法と同様、権力チェック機構の役割を果たせていない。国立大学は、法人化、文部科学省の財政的な締め付け、第3章でふれる「選択と集中」政策等により、息も絶え絶えの状態である。
経済、経営については、いうまでもないであろう。雇用、労働のあり方についても、問題が大きい。長時間労働(改善をいう声もあるが、本書で後記のとおり本当にそうなのかは疑問)、低い労働生産性、上がらない賃金、流動性に乏しい労働市場、閉塞的な職場環境等、いいところがあまりない状況となっている。
日本型経営のかつての長所がことごとくカードを裏返すように反転し、その多くがむしろ短所になってきているのだ。
以上のとおり、経営、政治、行政、司法と、国の根幹となるべき4つの機能の不全状態が起きているのが、日本の現状なのである。
社会改革に至らない「システムの欠落」
制度改革についても、大半がうまくいっていない。政治改革、司法制度改革しかりである。
また、海外からは、「日本社会には相当の厚みをもった人的資源が顕在的にも潜在的にも存在するのにそれが有効に用いられていない。それらを掘り起こし、また伸ばすためのシステムが欠けている」との批判があり、これも事実であろう。日本の自然科学が急速に退潮しているといわれる事態の背景にあるのも、この問題である。
さらにいえば、ここまでの記述はすべてシステムの問題であるところ、日本の場合、やはり裁判官を一典型として、システムのみならずそれを構成する個人にもまた大きな問題のあることは否定しにくい。この点についても本書で詳しく分析するが、煎じ詰めれば、それは、「個」の弱さ、「論理」の不足という二つの柱に帰着する問題ともいえよう。

