逃げ道は「4カ国のパスポート」
しかし、カンボジア社会で上り詰めた陳容疑者には、裏の顔があった。複合企業の会長として不動産や金融を手がける一方、その事業を隠れ蓑に、もう一つの「帝国」を築いていたのだ。
米司法省の起訴状によれば、プリンス・グループは表向きは不動産開発・金融サービス・消費者サービスを標榜する巨大企業で、30カ国以上で数十の事業体を展開していた。
だが水面下では、陳容疑者と側近らがこれをアジア最大級の国際犯罪組織へと成長させていたとされる。カンボジア各地に築いた詐欺コンパウンドでは、人身売買で連れてこられた労働者が暴力の脅しのもとで暗号資産詐欺を強いられていた。
こうした犯罪事業を法執行機関の摘発から守るため、陳容疑者らは各国の公職者に賄賂を渡していた。CNNによると、陳容疑者は賄賂の帳簿をつけており、2019年には側近の一人がある外国政府高官に300万ドル(約4億8700万円)相当のヨットを贈っていた。また、2023年4月には別の高官に贈った高級腕時計の見返りに入手したとされる外交旅券で、堂々とアメリカに渡航したという。
不正な収益の隠蔽も周到だった。アメリカとイギリスの当局は、プリンス・グループが世界各地に張り巡らされた100社以上のペーパーカンパニーや持ち株会社を通じ、汚れた資金を各国に還流させていたと指摘する。
一方で陳容疑者は、カンボジアのほか地中海の島国キプロス、南太平洋の島国バヌアツ、カリブ海のセントルシアのパスポートも保有していた。いざというときの逃げ道を、いくつも用意していたとみられる。
1日48億円を稼いでいた詐欺手法
慈善家で首相顧問という顔の裏で、陳容疑者が率いるプリンス・グループはまったく異質な「事業」を動かしていた。
中核を担っていたのは、「ピッグ・ブッチャリング(豚の屠殺)」と呼ばれるオンライン投資詐欺だ。詐欺師はSNSやマッチングアプリで標的に近づき、数週間から数カ月かけて友情や恋愛感情をじっくり育てる。
頃合いを見て偽の暗号資産への投資案件に誘い込み、被害者が出金しようとすると手数料や税金を次々と請求する。最後は詐欺師もプラットフォームも被害者の前から忽然と姿を消すという手法だ。起訴状によると、陳容疑者の側近の一人は、グループが2018年に詐欺スキームを使って1日3000万ドル(約48億7000万円)を稼いでいた、と豪語したという。
こうした拠点で働かされているのは、多くの場合、自ら犯罪に加担した者ではない。人身売買の被害者だ。米ブロックチェーン分析企業のチェイナリシスによれば、犯罪組織はカスタマーサービスやデータ入力といったまっとうな求人を装って労働者を集め、現地に着いた途端、パスポートを取り上げて施設に閉じ込める。
起訴状は、プリンス・グループが2015年頃から、カンボジア国内で少なくとも10カ所の詐欺コンパウンドを運営していたと認定した。仕事を求めて集められた数千人が人身売買の末に送り込まれ、高い壁と有刺鉄線に囲まれた施設で、暴力の脅しのもとに詐欺の実行を強いられていた。

