二つの“物語”が示す「織田家の家風」

「信長が信勝の亡霊を見る」という今回の演出は、史実ではなくドラマ独自の解釈である。同様に「信澄は光秀と共謀した謀反人」という理解も、同時代史料が示す通り、証拠のない風聞がそのまま処刑理由になった結果にすぎない。成立の時代も性質も違う二つの「物語」だが、「疑いが証拠を追い越した」点では共通している。

結局、信澄を殺したのは、信長が遺した家風そのものだったのかもしれない。

本能寺跡碑
本能寺跡碑(写真=Saigen Jiro/CC-Zero/Wikimedia Commons
【関連記事】
サルでもハゲネズミでもない…外見にコンプレックスを抱える秀吉が信長に付けられた「もう一つの呼び名」
地方衰退の一番の原因は「人口減少」ではない…山口の超富裕層が「住民税43億円」をまるっと抱えて移住した理由
「秀吉と一緒になるのがイヤ」ではない…お市の方が柴田勝家との自害を選んだ"現代人には理解できない"理由
石田三成と戦っていないのに関ヶ原合戦後に大出世…徳川家康が厚い信頼を置いた「戦国最大の悪人」
NHK大河ではとても放送できない…宣教師に「獣より劣ったもの」と書かれた豊臣秀吉のおぞましき性欲