高齢者を「老害」扱いする態度こそが真の老害
そうやって「アンチ高齢者」的な空気が強まる中で、「老害」という言葉を安易に口にする人も増えたような印象があります。昔は、強い決定権を持つ会社のトップや政治家などが高齢になると、しばしば「老害」と評されました。思考力や情報収集力が衰えているのに、周囲の進言にも耳を貸さずに時代遅れの考えを押しつけたりするのは、たしかに組織にとって「害」だったかもしれません。
しかし近年は、高齢者の迷惑行為全般が「老害」だと思っている人も多いのではないでしょうか。さらにいえば、具体的な迷惑行為があろうがなかろうが、高齢者の存在そのものが自分たちにとっての「害」だと信じている人も少なからずいそうです。
こうなると、もはや「老害」という言葉がインフレを起こしているといわざるを得ません。そのため高齢者の中には、「老害恐怖症」のような心理状態になっている人も少なからずいるように思います。何かの拍子に「老害」扱いされるのではないかと、ビクビクしながら暮らしているのです。
「老害コール」が激しくなる世の中
実際、いまの社会では、高齢者がうっかり人に迷惑をかけてしまっただけでも、すぐに「また老害だ!」などと攻撃されかねません。それが怖いので、「老害恐怖症」の高齢者たちは、日頃から失敗や失言などをしないよう、なるべく静かに、おとなしく過ごすことを心がけています。
たとえば、70歳以上の高齢運転者用のもみじマーク(高齢運転者標識)をつけた車の走り方。制限速度よりも遅いスピードでゆっくり走る車が多いのですが、あれは老いのせいで反射神経が鈍り、スピードが出しにくくなっているだけではないでしょうか。高齢者が事故を起こすたびに大きく報道され、世間の「老害コール」が激しくなるので、「絶対に事故を起こしてはいけない」と緊張し、必要以上に慎重な運転になっているのだと思います。


