量が質をつくる

工場という「グラウンド」において、田嶌社長の役割はさながらチームを率いる「監督」のようだ。日々変化する窯の機嫌のグラウンドコンディションを見極め、年齢も経験も、さらには職人同士の性格や相性までも異なる選手たちを、いかにして適材適所で配置するか。その複雑な采配を、社長自らが毎朝緻密に練り上げて、1日の生産計画(スタメン)を組んでいく。

彼自身が単なるモノと向き合っているのではなく、人や技術、工場の営みという「生きたチームそのもの」と向き合っているからこそ成立する、究極のマネジメントが機能しているようだった。

取材日の気温は30度。窯の熱もあって作業場はかなりの高温だが、職人たちは黙々と作業を続けていた。
撮影=プレジデントオンライン編集部
取材日の気温は30度。窯の熱もあって作業場はかなりの高温だが、職人たちは黙々と作業を続けていた。

ドイツの哲学者ヘーゲルが「量質転換の法則」で提唱したように、事物の性質が変わるには、ある一定の「量」の蓄積が不可欠だ。田島硝子においても、同じ作業を何百、何千と反復することで初めて、手や体が感覚を覚え、高い歩留まりとスピードが両立する次元へと飛躍する。

ホテルやレストランを支えるOEM(下請け)で圧倒的な場数を踏むこと。それこそが職人の腕を研ぎ澄まし、自社ブランドの「質」を担保する、揺るぎない経営基盤になっていることが見えてきた。

今の江戸切子の業界に「職人」はいない

振り返れば昭和の時代、東京のガラス工場は熾烈な価格競争で戦っていた。「あっちが300円なら、うちは250円でやれる」と、量を作ることで単価を下げ、競合を削る戦いである。皮肉なことだが、その厳しい環境下で積み上げた「圧倒的な量をこなす体制」こそが、職人に反復練習の場を与え、現在の高い技術水準を支える基礎体力となっていたのである。

しかし現代は、多品目少量生産へとシフトし、手作りの価値に熱量を乗せて適正価格で売る時代になった。これによって「数をこなす機会」が激減したことを、田嶌社長は深く危惧している。

「多品目だと、慣れた頃に終わっちゃって、2〜3年後にまた同じものを言われても、もう覚えていない。今の若手が伸び悩む一因がここにあります」

女性の職人が研磨機を使って江戸切子のカット加工をすすめる。
撮影=プレジデントオンライン編集部
女性の職人が研磨機を使って江戸切子のカット加工をすすめる。

江戸切子の業界にも、同じ構造的な断絶が起きているという。

「今の江戸切子業界に、同じものを1日何十個も作る『職人』はいません。いるのは一点モノを作る『作家』だけです」
「『量産の技術』が失われた結果、昔なら当たり前だった普及品でさえ、今では『うちの特別な品です』と言い続けなければならない。そんな現状は、ものづくりとしてしんどい」

田嶌社長が抱えるジレンマは、この言葉に凝縮されている。量産の技術が落ちたことで、本来なら普及品レベルのものにまで「手作りだから」という言葉で特別感を演出して売らざるを得なくなっているという問題意識だ。

田島硝子でつくられた江戸切子。
画像提供=田島硝子
田島硝子でつくられた江戸切子。