ビジネス経験ゼロでも事業を始めた

試行錯誤の末に山口夫妻が思いついたのは、米を用いたアイスクリームの製造だった。ミルクベースに米の粒を入れた米アイスはよく見かけるが、山口さんが目指したのは甘酒をベースにしたアイスクリーム。もともと棚田でとれる米の量はわずかで、山口さんが得られる分け前は年間30キロほどしかない。この少量の米を、いかに多くの人に届けられるか。想を練った結果、まずは甘酒をつくり増量し、それをアイスクリームに混ぜ込む手法に行き着いた。

2018年にはこれを「葉山アイス」と称して商品化。評判を呼び徐々に生産量は増加していき、2025年からは新宿に出店、「Ricecream」として売り出し人気を呼んでいる。

棚田でつくった米を原料としたアイスクリーム製造は、事業として継続性のあるものとなっていった。売り上げの一定割合は、棚田を存続させていくための資金にもなっている。

山口さん夫婦にはもともと経営や起業などビジネスの経験がない。それなのにアイスクリーム事業を軌道に乗せられたのは、山口さんがRADWIMPSのメンバーとしてエンターテインメント業界の最前線を生き抜いてきたことが大きい。

何かをつくり、人に届ける。事業の基本となるそうした営みは、人気バンドのドラマーだった山口さんが長年にわたり為してきたことだったのだ。

山口さん曰く、アイスづくりとバンドは似ているという。
撮影=高須力
棚田の魅力、お米の魅力を、作品に昇華して、世に発表するという意味で「アイスは棚田へのラブソング」と山口さんは語る。

前向きな姿勢で取り組めば道は開ける

「アイスクリーム事業も最初からうまくいっていたわけではありません。ボランティアとして棚田を手伝っていたとはいえ、地元の農家の方々からしたら僕らなんて『つい最近引っ越してきた若造ども』に過ぎない。棚田を守るための継続的なしくみをつくりたいとプレゼンしても、何を言っているんだ? とまったく相手にされませんでした」

すぐに理解は得られぬまでも、まずは楽しんで取り組んでいる姿を見せるしかない。そう考えた山口さんは、ほかの農家の了承をとりつけたうえで、試行錯誤しながら米のアイスクリームづくりに励んだ。

前向きな姿勢で取り組めば、おのずと道は拓けるはずという信念は、音楽をやっていたころに培われたものだ。

「僕がバンド活動を続けてきた動機は純粋なものです。ドラムを叩いてみると大きい音が出て『うわ、楽しい!』と思ったのが原点。続けていると上達してきて、だれかと音を共有したり舞台に立ったりと楽しみが広がっていった。棚田の米でアイスをつくるのも、まずは自分たちが楽しんで取り組み、次にはその楽しさをどう共有できるかと考えていきました」