自分がやってきた時間は無駄ではなかった

そんな状況から抜け出すきっかけは、意外なところからやってきた。

ジストニアの治療のため音楽関係の友人に誘われ、ロサンゼルスで毎年開かれる世界最大規模の楽器展示会「NAMM Show」に立ち寄ってみたときのこと。

会場を歩いていると、「Are you Satoshi?」と、見知らぬ若者に声をかけられた。北京から来たという男性で、RADWIMPSの大ファンだという。

「調子はどう? 僕の周りのファンは皆、サトシの健康を心配しているんだ」

そう聞いた瞬間、山口さんは肩の力が抜ける気がした。自分が命を削るようにしてバンドに打ち込んだ時間は、無駄でもなければ間違いでもなかった。海の向こうの見知らぬ人にまで自分の健康とカムバックを願ってもらえるのは、RADWIMPSのメンバーでいたおかげだ。

呪縛から解放された気分だった。これを機に、一時期は聴くことすら恐怖になっていたRASWIMPSの音楽を、また純粋に好きだと思えるようになっていった。

移住先の葉山でも、心の居場所とでもいうべきものが見つかった。棚田である。

棚田と自分は似ている

山あいの斜面に段々に広がり、たっぷり水を含んだ美しい棚田は、いまや神奈川県内で2カ所しか残っていない。そのうちのひとつが、移住先の近隣にあった。

あるとき、農作業中の年配者から声をかけられた。

「そこの若いの、ちょっと手伝っていけ」

言われるがままに、身体を動かしてみた。クワもスコップも持ったことはなかったが、見よう見まねで土に触れ、水と風と太陽を感じていると、それだけで心が晴れた。以来、志願してその棚田で農作業の手伝いに励むようになる。

自身が管理する棚田の様子を見る山口さん。
撮影=高須力
自身が管理する棚田の様子を見る山口さん。

棚田と関わるようになり、内実をすこしずつ知るようになると、棚田は存続自体が危機に瀕していることがわかった。「跡取りもいないし、自分の代で終わり」と、農家の人々は口をそろえる。

放っておけば早晩消えてしまう運命。そんな窮状に陥っている棚田を、山口さんは自分自身と重ね合わせた。

「衰弱していまにも消えてしまいそうな存在の棚田は、まるで自分と同じじゃないかと感じられました。もしも棚田を復活させることができれば、自分の進むべき道も見出せるんじゃないかとも思いました」

それからは棚田での農作業ボランティアに、夫婦そろっていっそう力を入れ、保全と活用のアイデアを考え続けた。