なぜ、目視できない凹みを匠は探し続けるのか
センチュリーSUV型はトヨタの田原工場でつくっていて、日あたり約2台程度の生産ラインである。同車はプラグインハイブリッドで、エンジンの排気量は3.5リッター。価格は2700万円(※26年6月現在)である。オプションを付けたり、シートや車体の色などをオーダーするとさらに価格は上がる。一方、センチュリーセダンは元町工場でつくっていて、1日の生産量はほぼ変わらない。ハイブリッドでエンジンの排気量は5リッター、価格は2300万円(※26年6月現在)。どちらの車も生産量以上のオーダーが入っている。もっとも購入できるのは「センチュリーにふさわしい人」だ。お金を持っていても、転売目的などの人は買うことはできない。それなりの見識があり、世のため人のために働いている人のためのクルマだ。加えて、センチュリーというクルマの価値がわかる人である。
田中義和は「はい」と返事をした。
「乗っていただければ、この車の価値はわかると思います。生産はラインの形式ではありますが、ベルトコンベヤーで動いているわけではありません。手作業です。大勢がこの車のために時間と技術を費やしています。塗装でいえば、通常の車は4層ですけれど、センチュリーは7層構造です。7層の間に3回、『水研』といって水を使って手作業で塗装面を仕上げ、最後に鏡面磨きをおこなって表面を鏡のようにしています。大きなボデーを全部、手でやろうとすると、専属で一日中磨いている人が必要になってしまう。ただ磨くだけのことを人にやらせるわけにはいかない。それで人間とロボットの共創になってきています。伝統の継承には新たな進化がいる。これは豊田(章男)会長の言葉ですけれど、人間の匠がロボットに技術を教えて、一緒に仕上げていく。そういうこともやっています。
センチュリーは開発から生産、販売まで1台の車に膨大な人が関与してつくっています。多くのリソーセスがかかっているのです。それで価格は2700万円(※26年6月現在)になってしまう。
しかし、たとえばRAV4って年間に100万台ぐらい購入いただいています。RAV4を100万台をつくるためにかかるリソーセスと、年間700台しかつくらない車にかかるリソーセスが仮に一緒だとしたら、少量しか販売できない車っていうのは効率論からすれば絶対やらないほうがいいんです。
それでもトヨタはやります。日本の匠の技術、モノづくり技術の素晴らしさを世界に発信したいという豊田会長の思いがあります。ですからセンチュリーSUV型は中国へ輸出もしております」
話の後、わたしと田中は技術本館を出て、玄関で別れようとした。すると、田中がスマホを手に取り、「あとはよろしく」と通話していた。そして、ニコッと笑った。すると、目の前にセンチュリーSUV型がすべりこんできた。ショーファー(田中の部下の阿部平志郎)が降りてきて、ドアを開けた。リンク式ドア(リンク式パワードアシステム)という世界でセンチュリーのフルオーダーメードにしかついていない機能だ。ただのスライドドアではなく、いったん、外に押し出すように開いてからスライドする。
車に乗り込んだわたしに田中は「行ってらっしゃい」と手を振った。センチュリーSUV型は豊田市から田原工場へ。
田原工場は国内では最大規模の工場だ。三河湾に面した海沿いにある工場で、センチュリーSUV型から降りると、潮の香りがした。田原工場でつくられた車はそのまま自動車専用船で北海道、九州といった地域へ送られていく。北米、中国といった海外へも輸出されていく。つくっている車種はレクサス、ランドクルーザー、4ランナー(北米向けの名称、かつて日本ではハイラックス サーフとして売られていた)、センチュリーSUV型だ。案内してくれたのは田原工場に着くまではショーファーだった阿部、そして、生産現場の匠たちである。阿部は言った。「見学には順番があります。板修、塗装、樹脂塗装、組み立てとなっています」
通常、自動車工場の見学は組み立て工程だけだ。大きな音が出るプレス、高温になる鋳造、鍛造、そして、有機溶剤を使う塗装工程を見学させることはまずない。
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