お客を乗せて走るクルマに求められるもの
2005年、日本画家で日本芸術院会員の千住博画伯と『ニューヨーク美術案内』という本を出した。共著である。以来、美術の取材を続けている。パリの美術館を訪ねることも多く、コロナ禍以前から隔年で現地へ出かけていた。飛行機はもちろんエコノミークラスである。飛行機代にはお金をかけないがホテルはケチらない。治安が悪くない地区のやや上等の三つ星ホテルにしている。部屋はシングルでなくツインルームだ。パリのホテルは狭いから仕事をするにはツインルームでないと息が詰まる。日本でも、わたしが泊まるのはドーミーイン、ダイワロイネットといったビジネスホテルのツインルームだ。パソコンと本を数冊抱えて出張し、ひとつのベッドの上に本と資料を分散して置いておいて、もうひとつのベッドで眠る。仕事をしながらの旅では毎日、そうなる。
パリの移動は歩くかバスかタクシーだ。地下鉄(メトロ)に乗るのは朝だけ。混雑する時間には乗らない。スリが多く乗っているからメトロは避けている。パリのスリは3人、4人の小集団だから、盗られなくとも囲まれるだけで不安で不快になる。パリまで行って嫌な思いをすることはない。その点、バスはトラブルに遭うことはまずない。観光客を狙うスリはバスには乗ってこないようだ。
パリ市内であれば歩くことがほとんどだ。雨さえ降っていなければどこでも歩いていく。美術館と美術館の間はそれほど離れていないから、30分でも40分でも、どんどん歩くことにしている。ホテルから外出する時、忘れてはならないのはバッグは持たないことだろう。スマホとクレジットカード、少額の現金と分厚い単行本だけにしている。パスポートと財布は鍵付きのポーチに入れて部屋の金庫、もしくは適切な場所に隠しておく。スリや物盗りが狙うのはバッグやリュックだ。それらを持たないだけで危険回避することができる。そして、歩いている時、重要なのが顔の表情だ。
「パリは最高だなあ」みたいな、憧れと喜びが入り交じった顔をしながら、建物を見上げたり、スマホで撮影したりしながら歩いてはいけない。かといって、「なんだ、ここは。つまらん」といった不愉快な表情で歩くのはパリに対して失礼だ。パリに限らず、ニューヨークでもミラノでも、警戒した表情のまま歩く。どこの都市でさえも、周りに溶け込んで一体化し、風のようにさっさと歩く。そうすれば「さっき、パリに着きました。財布とパスポートはお腹のベルトに入れてます」といった人物に見られることはない。そして、なるべく立ち止まらない。他人から声をかけられても応対しなくていい。
「地元の人から声をかけられた。ひょっとして、オレは地元民に見られたのではないか」とひとりでほくそ笑むのは気のゆるみにつながる。海外で声をかけられても、道を教えることはできないし、そもそも観光客にできることは何もない。
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