中国ビジネスの先駆者の「お土産」
逆バージョンの話、日本から中国に伝わった和菓子の例を紹介したい。
私が新聞記者だった時代から長年お世話になった方に、石井次郎さんという日本人がいる。石井さんはかつて中国ビジネスにかかわった人の間でよく知られた経営者で、『望郷と訣別を』(佐藤正明著、文春文庫)というノンフィクション作品のモデルにもなった人物だ。
私は勤めていた会社の先輩記者が石井さんと親しくしていた関係で、紹介していただいた。最初にお会いしたのは90年代前半なので、もう30年以上のお付き合いになる。
石井さんは1940年、愛知県生まれ。20代のときにヨーロッパに渡り、さまざまな職を経験したあと、香港に住んだ。
円高で日系企業の中国進出が盛んになり始めた時期だった。92年に深圳に設立された中小企業向け工業団地「テクノセンター」の代表幹事に就任し、長年つとめた。
私は最初のうち、取材で訪問していたが、次第に石井さんのエネルギッシュな仕事ぶりと温かい人柄に惹かれ、さまざまな話をさせていただくようになった。
石井さんは料理が得意で、よく工員らにおでんやカレーライスなどの手料理をふるまっていた。たまに日本に出張に行った帰りには、どら焼きを大量に買って帰った。
ドラえもんの「どら焼き」が憧れだった
「なぜ、どら焼きを買うんですか?」
不思議に思って聞くと、若い工員たちが大好きだからだという。
今では香港や中国のコンビニでもどら焼きを売っているが、当時売っているところは少なかった。だが、中国の工員たちは日本のアニメ『ドラえもん』を見て、どら焼きの存在を知っていたという。ドラえもんは中国語で「哆啦A梦」、どら焼きは「铜锣烧」と言う。
石井さんがどら焼きを彼女たちに渡すと大喜びし、「これがあのドラえもんの大好物のどら焼きっていうものですか!」と歓声を上げ、皆うれしそうに頬張ったそうだ。
中には、食べたいのを我慢して、そのどら焼きに手をつけず、数千キロも離れた故郷の親にたった一個のどら焼きを郵便で送る女の子もいたという。
「お世話になっている工場で日本人の社長さんからいただいたどら焼きだよ、といったら、きっと両親が喜ぶと思うので……」と言ったそうだ。
今、中国のコンビニに行くと、どら焼きだけでなく、大福でも何でも日本の食べ物は売られるようになったが、私は中国でどら焼きを見かけるたびに、この石井さんと工員たちの心温まるエピソードを思い出し、ほっこりした気持ちになる。



