都市部では90年代前半にベーカリーが登場
意外に思われるかもしれないが、中国の都市部では90年代前半には早くもベーカリーらしきものができ始めていた。日本と同じく自分でトングを使ってトレーに取り、会計してもらうスタイルだ。白米が美味しい日本から行くと、中国のご飯は今でも美味しいとは言えない店が少なくない。ご飯自体が美味しくないから、日本のようにふりかけをかけてもダメだし、水が日本と異なるので(中国は硬水、日本は軟水)、お茶漬けも美味しいと感じない。そばやそうめんも同じだ。
だが、パンはけっこうイケる。中国(とくに北方)には小麦粉を使った料理が多いので、パンも扱いやすかったのかもしれない。
以前読んだ『日中国交正常化』(中公新書、11年)という本に、パンにまつわる印象的なエピソードが出てくる。72年9月の日中国交正常化の際、田中角栄首相(当時)が北京を訪れ、宿泊先の迎賓館18号楼に通された。ここは元首級が宿泊する施設で、のちに天皇皇后両陛下(現在の上皇・上皇后両陛下)が訪中したときも宿泊したところだ。
なぜ中国に「木村屋」のアンパンが…
田中首相が部屋に入ると、室温は彼が好む17度に設定されており、部屋の隅には大好物の台湾バナナと東京・銀座の老舗パン店「木村屋」のアンパンが並べられていたという。
中国側は事前に田中首相の好みを調べ上げ、周到に準備しており、そのアンパンを見た田中氏は「これは大変な国に来た。交渉、掛け合い事は命がけだな」と秘書に漏らしたそうだ。
ところで、「友誼」と名のつくお店は現在、意外なところにある。
東京・池袋だ。ガチ中華のフードコートの名前は「友誼食府」、中華系スーパーの名前は「友誼商店」。顧客の9割は中国人なのに、なぜ友誼? と思ったりもするが、日本語ではあまり使わない「友情」という言葉は、中国では案外ポピュラーなもので、店名などに使いやすい単語なのかもしれない。
私は友誼と聞くと、自分を“窮地”から救ってくれた友誼賓館の甘いパンの味を思い出し、ほのぼのとした気持ちになる。



