いまは幻となった外貨兌換券の価値
基本的に外貨兌換券と人民元は対等であるはずだったが、現実には外貨兌換券の価値が高く、1元の外貨兌換券は1対1.5とか1対1.8、ときには1対2で両替することもあった。
長く中国に住む予定の日本人は、お金が1.5倍とか2倍に増えるのなら、と喜んで交換したが、短期滞在の私はあまり交換しなかった。日本に帰国する際、人民元は日本円に換金できなかったからだ。日本人の間では「彼らは両替するとき、お金をごまかして数えている。目の前で数えて交換しても数が合わないから気をつけて」という注意事項が飛び交い、両替に慎重になる人は多かった。
その後、外貨兌換券が世の中から消え去ることを知っていれば、記念に取っておいたのだが、残念ながら手元には1枚も残っていない。
いまネットでそのデザインを見ると、「万里の長城」や貴州省の名瀑など中国の有名観光地が描かれている。日本のオークションサイトでも人気商品のようなので、もしかしたら外国貨幣のコレクターか、あの頃の中国が懐かしくて購入している人がいるのかもしれない。
その外貨兌換券を使ってよく買っていたのが友誼賓館のパンだ。友誼賓館は日本語に訳すと「フレンドシップ ホテル」。名門の中国人民大学のすぐ近くで、北京大学からも比較的近かった。
藁にもすがる思いで買ったパン
北京大学の石ころ交じりのご飯がどうしても食べられずに困っていたところ、ここのパンが美味しいという情報を得て、藁にもすがる気持ちで買い物に行った。
友誼賓館は1954年に設立された庭園式のホテル。私が北京に滞在していた88年は近代的なホテルが次々とでき始めた頃だったが、友誼賓館は伝統と格式ある北京飯店や民族飯店などと同様、中国様式の重厚な建物だった。
メインとなる建物の奥に広大な庭園が広がっており、多数の建物が建てられていて、テニスコートやプールなどもあった。80~90年代、ここに長期滞在していた日本人もいた。庭園の一角にあったのが小さなベーカリーだ。
北京大学からバスに乗ってたどり着くと、パンを焼く香ばしい香りが建物の外まで立ち込めていたので、すぐにわかった。現在のベーカリーのようにたくさんの種類のパンがあるわけではなかったが、私はそこで丸い形のパンを買った。
価格は覚えていないが、北京大学の食堂で食べるご飯よりずっと高かった。学食にもいちおうパンはあったが、かたくて、ぼそぼそして、どうしても食べられなかった。
でも、ここのパンは日本のパンと同じく、やわらかく、しっとりしていて、それを握りしめた瞬間、とても幸せな気分になったことを覚えている。

