人民元との「両替」を懇願される日々

では、中国人は何を使っていたのかというと、現在も使われている人民幣レンミンビー(いわゆる人民元)だ。ほとんどがピン札の外貨兌換券と比べて、人民幣はシワシワ、よれよれで、まるで紙クズのようにグチャグチャになっているものが多かった。

人民元
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当時、中国人は財布を持たず、ポケットにお金を突っ込んだり、輪ゴムでまとめたりして持っていることが多かったが、あのグチャグチャのお金では財布になどとても入れられない。硬貨もあったが、日本の硬貨よりも軽くて、まるでオモチャのようだった。

政府は外貨を管理するために中国人と外国人が使用するお金を分けていた。中国では外貨兌換券があれば人民が買えないものが買えたので、これをのどから手が出るほど欲しがる人が多かった。外貨兌換券は、中国語では略して外汇ワイホイと呼ばれていて、よく中国人から「人民元と外汇を交換してくれないか?」と話しかけられた。

最も多く話しかけられたのは、北京大学にいたときではなく、その翌年の90年。2月から3月にかけて、大学の卒業旅行で中国各地を歩いたときだ。

しつこく迫る「チェンマネおじさん」

泊まったホテルの出入り口で毎日のように中国人男性から「チェンジマネー、OK?」と呼びかけられた。

しかも、それはホテルの出入り口を通るときだけでなく、外に出てから数百メートル先まで続き、「チェンジマネー?」と英語で言われ続ける。ときには腕を引っ張られたり、前を通せんぼされたりしたこともあった。

私は一緒に旅行していた同級生と彼らのことを「チェンマネおじさん」とか「チェンマネ兄ちゃん」などと呼んで「ほら、またチェンマネ兄ちゃんが立っているよ。どうやって振り払う?」と相談していたが、それはそれは、しつこかった。

ほかにも、南京や武漢などの観光地や、列車の中でも、私たちが日本人だとわかると9割以上の確率で「チェンジマネー、OK?」と声を掛けられた。チェンマネおじさん風の人だけでなく、大学教授など紳士的な中国人からも、少し親しくなると「申し訳ないんだけど、人民元と交換してくれないかな?」と遠慮がちに頼まれたこともあった。