熟練した射手が3000人もいたのか

とりわけ鉄砲の「三段撃ち」は軍事革命と称されてきたが、近年はその評価の見直しが進んでいる。それは、武田の騎馬軍団も同じである。では、この通説はどこに問題があったのか考えてみたい。

鉄砲の「三段撃ち」や武田の騎馬軍団の根拠史料となったのは、17世紀初頭に成立した小瀬甫庵の『信長記』(織田信長の一代記)である。その後、参謀本部編『日本戦史 長篠役』(元真社、1903年)がこの説を採った。軍事の専門家である参謀本部の影響力は大きく、「鉄砲の三段撃ち」対「武田の騎馬軍団」という構図は長らく通説とされてきたのである。

しかし、甫庵の『信長記』の内容は、同じ二次史料の太田牛一の『信長公記』を参考とし、おもしろおかしく創作・脚色したものである。