つい深読みしてしまう「含みのある言葉」

私自身は後者で解釈することが多く、心にモヤモヤしたものをよく感じていました。ある程度としをとった今では、「どちらの解釈も深読みのしすぎで、大した意味なんてなかったのだろう」と思えるようになりましたが、それが正しいかどうかはわかりません。

安っぽい恋愛心理学の本などには、もしかしたら答えがズバリと書かれているかもしれませんが、そんなものは空想です。人が考えていることは人それぞれで違って当然なのですから、唯一絶対の答えなんてあるはずがありません。

とはいえ、「良いお父さん(お母さん)になりそうだよね」とわざわざ言うからには、少なくとも「家庭的な温かみがある人だ」とか、「子育てができるくらいしっかりしてそうだ」「面倒見が良さそうだ」「将来は堅実な生活をしそうだ」というくらいの印象を持っていることは間違いないと思われます。

ハートオブジェクトを持つカップルの手
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恋愛的な意味での好意ではないかもしれませんが、自分に対して一定以上の評価をしてくれていることは伝わります。要するに褒めてもらったわけです。

場面によって異なる「発言の解釈」

さて、ここで問題になるのは、なぜ相手が自分のことを褒めてくれたのか、です。

例えば、婚活パーティーでの発言であれば、「相手のことを結婚相手として意識している」と暗に伝えたいのかもしれません。あるいは、「雑談はこれくらいにして、そろそろお互いの結婚観について話し合いましょう」という戦略的な思惑があるのかもしれません。

そういった目的のパーティーなのですから、何かしらの思惑が言葉のはしばしに含まれていると考えるのは当然のことです。

しかし、例えば中学生の友人同士であればどうでしょうか。中学生であれば結婚なんてまだまだ先のことでしょうから、単に「子育てに向いた穏やかな性格だね」くらいの意味かもしれませんが、ひょっとしたら「あなたはクラスの中では老けている」とからかわれているのかもしれません(私の場合はこっちだったような……)。

一方で、会社の上司、それも20歳ほど年上の既婚者に言われたのであれば、「後輩へ丁寧に仕事を教える面倒見の良い人だ」や「頼りになる人だ」くらいの意味しかないでしょう。しかし、お互いに独身であれば多少は恋愛的な思惑を含ませていないとも言い切れません。

とはいえ、それが職場のみんなとワイワイ話している中での発言なのか、それとも仕事終わりに2人で飲みに行った店での発言なのかによっても、その可能性は微妙に違ってきます。