刑事ドラマの常識を覆した「踊る大捜査線」
その常識を覆したのが、「踊る大捜査線」(フジテレビ系、1997年放送開始)である。
織田裕二主演によるこの作品では、事件の捜査が中心ではあるものの、そこに警視庁と所轄の序列や扱いの差、また警視庁内の出世争いにおける学閥の存在などが絡んでくる。
そのなかで、所轄の新人刑事である青島俊作(織田)と警視庁管理官の室井慎次(柳葉敏郎)の対立、そして立場を超えた和解と友情がじっくり描かれる。
また青島が勤務する湾岸署だけに限っても、庶務係のような直接捜査にあたるわけではない部署も頻繁に登場する。
警察であると言っても、ほかの一般企業と実態は変わらない。上司と部下の関係は難しいし、中間管理職ならではの悲哀もある。高学歴のエリートと現場の叩き上げでは大きく待遇も違う。
「踊る大捜査線」は、そうした要素を刑事ドラマのなかに巧みに取り入れた点が画期的だった。
刑事ドラマという娯楽に「哲学的奥行き」
むろんディテールの描写の問題だけではない。根本的なこととして、正義のとらえかたも違ってくる。組織の上層部にとっての正義と現場で捜査に当たる刑事にとっての正義は必ずしも一致しない。
市民の安全を確保し社会秩序を維持するという最終目的は同じでも、その実現のための方法論は異なる。「事件は会議室で起きてるんじゃない! 現場で起きてるんだ!」という青島の有名なセリフもそのことが前提にある。
こうして「踊る大捜査線」の登場は、刑事ドラマに警察ドラマという側面を加え、さらに組織と個人の関係を背景にした正義をめぐる問いを投げかけることになった。それは、刑事ドラマという娯楽ジャンルに一種の哲学的奥行きを与えることになった。
「相棒」は、この警察ドラマの系譜に連なる。そして刑事ドラマの警察ドラマ化をさらにぐっと推し進めた。劇中には捜査に直接携わる刑事やさまざまな階級・部署の警察関係者だけでなく、政財界の人物まで登場し、それぞれの正義がぶつかり、複雑に絡み合う。



