時代遅れの万博を強行した裏事情
大阪・関西万博(2025年日本国際博覧会)が今年4月13日に開幕した。いまのところ酷評しか聞こえてこないが、失敗することは始まる前から明らかだった。これ以上、傷が深くならないことを願うばかりだ。
大阪・関西万博協会が発表した開幕1カ月の来場者数は計261万3509人だった。会期中の想定来場者数は2820万人で、それを達成するには1日約15万人ペースが必要だった。しかし、期待のゴールデンウイーク期間中でさえ最高13万人台。これから何かテコ入れしたとしても、想定を上回ることはかなり難しい。
1〜2時間は当たり前の待ち時間、内容に比べて料金が高すぎるレストランなど、不人気の理由を挙げるとキリがない。ただ、それらの細かな理由はあくまでも表面的なものである。そもそも大阪・関西万博は経緯からしてデタラメであり、根本が間違えている以上、表面を取り繕ってもどうにもならないのだ。
どこで大阪は間違えたのか。それを知るには、まず大阪の特徴を理解する必要がある。
大阪はもともと政治が強くなかった。1990年代半ばから、お笑い芸人出身の横山ノック氏が2回も知事に選ばれたことからもわかるように、知名度がすべてであり、府民は政治に関心が薄かった。
そこに登場したのが、橋下徹氏が立ち上げた大阪維新の会である。維新の会は大阪を中心に置いて物事を考えるというメンタリティーを持っていた。設立当初から人材育成に力を入れていたら、そのまま中央政党になって日本を変える可能性はあったと思う。しかし党勢の拡大に人材が追い付かず、かき集めた人材は中身がなくて不祥事ばかり起こしている。これでは地方政党からは脱皮できない。
もっとも、維新の会の前から大阪を日本の中心にしようとする動きがないわけでもなかった。
その一つが首都移転である。90年代、東京への一極集中を解消する目的で首都移転の議論が盛り上がり、岐阜・愛知や栃木・福島などいくつかの地域が名乗りを上げた。このとき大阪も関西を巻き込んで手を挙げている。大阪と京都・奈良が隣接するエリアは大学が多くて学術都市の性格を持っていた。そこを中心に首都移転をしようと動いたのだ。ただ、首都移転議論が下火になったこと、関西のほうが南海トラフ地震のリスクが高いことから頓挫してしまった。
もう一つの動きがオリンピック招致である。発端は、現在万博が開催されている夢洲などの埋め立て地問題だった。大阪は、ポートアイランドや六甲アイランドで成功した神戸を真似て、此花区に広大な埋め立て地をつくった。ところがあのあたりは交通の便が悪い。そこを使いたいという事業者はほとんどおらず、埋め立て地は空き地が目立った。
現在、多くの観光客でにぎわうUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)も、2001年の開園当初は入場者数が伸び悩んでいた。もともと大阪市やパナソニックなどが出資する第三セクター方式だったが、2005年、経営不振になったところをゴールドマン・サックスが買収。のちに韓国系ファンドのMBKパートナーズなども加わって再生させた後に、コムキャスト傘下のNBCユニバーサルに売却した。これがこのエリアのほぼ唯一といっていい成功例だが、そのUSJでさえ苦戦を強いられる立地だったのだ。
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