「即席めん業界のパイオニア」としての強み

そうした即席麺機械の業界で、冨士製作所は先頭を走っていた。1958年の「チキンラーメン」発売からわずか5年後の1963年、世界で初めて即席麺ライン用のコンベア式フライヤーを開発。それまで手作業で麺を高温の油に投入していた工程を、一気に自動化してみせた。

タイ第1号を輸出した1970年時点では、この世界初フライヤーはすでに7年間の運用実績を積み、国内の大手即席麺メーカーともすでに取引実績があった。しかも翌年、同社は業界初となる一貫自動化モデルラインを完成させようとしていた。ミキシング、製麺、蒸し、油揚げ、冷却までを一本のラインでつなぐ、いまの即席麺プラントの原型である。

本社の敷地内にある工場の内部。工作機械や部品などが数多く並んでいる
撮影=プレジデントオンライン編集部
本社の敷地内にある工場の内部。工作機械や部品などが数多く並んでいる

海を越えてゼロから即席麺事業を立ち上げる現地メーカーにとって、「日本のトップメーカーが採用している即席めん業界のパイオニア」と、それ以外の企業とでは、立ち上げのスピードもリスクも比較にならないだろう。

即席ラーメン発祥国である日本の大手メーカーが選ぶ会社が、世界で唯一、一貫自動ラインの開発を手掛けている会社でもあった。これだけの条件が整っていれば、冨士製作所に問い合わせがきたのは必然だったと言える。

世界的企業と共に成長していった

そして、もうひとつ重要なのは、海外進出が一度きりで終わらなかったことである。

1970年代以降、東南アジア各国で即席麺事業の立ち上げが連鎖的に始まる。たとえばインドネシアでは、最大財閥サリム・グループ傘下のインドフードが台頭し、国内の即席麺市場で90%のシェア、年間80億食という巨大企業へと成長していった。

先述の海外進出第1号・ワンタイフーズ社も、その後タイ即席麺市場を代表する大手企業へと成長した。台湾出身の創業者が立ち上げ、後に味の素グループが資本参加した同社は、いまや東南アジアを越えてヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアにも輸出する規模となっている。

世界ラーメン協会の推定によれば、2024年の世界の即席麺消費量は1231億食。この15年でおよそ2.5倍に拡大している。即席ラーメンが日本発の食文化として世界に広がっていくプロセスのほぼすべての段階で、冨士製作所は新興メーカーへの機械供給という形で関わり続けてきた。

こうして、取引先のグローバル化と共に冨士製作所も海外事業を拡大し、製品の技術力が評判となって新たな顧客を獲得してきたのだ。