5人中3人の娘が華族へ嫁す
高棟には2男5女がおり、配偶者は以下の通りである。
・大名華族 1件(長男)
・公家華族 3件(長女、次女、五女)
・三井一族 3件(次男、三女、四女)
大名華族から嫁をもらい、公家華族に嫁を出す傍ら、一族間の結婚も行ってバランスを取る。娘を華族に嫁してしまったので、他の富商と婚姻関係を結ぶことができなかった。そんな感じであろう。
高棟の婚姻戦略について、まず娘の結婚から見ていこう。高棟には5人の娘がおり、3人が公家華族と結婚し、残り2人が三井一族と結婚した。高棟の四女・礼子は「姉二人と妹は華族へ〔嫁に〕行きましたでしょ。これは父が位がほしくなったので、そういう方と関係づけをしたくなったんでしょう」と指摘している(『三井財閥の人びと』)。
英国皇太子も三井邸を訪れた
それは一面の真実を伝えている。高棟には強い貴族志向があり、公家華族と婚姻を結ぶことで貴族的な家風に浸りたかったのではなかったかと思われる。断っておくが、高棟の貴族志向は成金趣味のようなものではなく、三井家が日本を代表する資産家として、欧米貴族に比べても遜色のない存在たらんとするものであった。
たとえば、高棟は嗣子・高公が1924年に欧米見学に出かけると「ただ知識を得るだけでなく、英国紳士と親しく付合って、三井家の後継者としての品性や風格を身につけること」(『三井八郎右衛門高棟伝』)を指示している。また、1922年に英国皇太子・エドワードが来日した際には、三井邸を訪れている。まさに三井家は日本を代表する貴族だったのである。


