信頼回復にむけて何を発信するか
当日そこにいた米田浩一郎(当時の『23』ディレクター)の記憶では、「すでに筑紫さんとデスク、プロデューサーらとの話し合いで辞めないという方向は会議の前から決まっていたような気がするんですけどね。記憶違いかな。僕自身は筑紫さんが辞めなきゃいけないという道理がわからなかった。だって僕らはあの当時、ぎりぎりの現場まで足を運んでオウム事件を最も深く取材していましたしね」。
同じく会議の場にいた佐々木卓(当時『23』デスク)の記憶では、「辞めるのをやめると会議で筑紫さんが表明したあとは、これまで散々発言してきたこととの整合性をどうつけるかの話し合いに及んだ気がする。この失った信頼を回復するにはあと10年はかかるだろうという認識でしたよね。そのためには何を発信しなければならないかを考えようという議論の中で、僕は『TBSは今日、死んだに等しいわけですから、余計な言い訳をせずに信頼回復に努めていきましょう』と」。
筑紫さんは前記の本で、この佐々木発言から「TBSは死んだに等しい」を借用したのだと明かしていた。
僕自身は、前記の筑紫さんの「多事争論」で、TBSは首の皮一枚でつながったのだと思っている人間のひとりだが、後日随分と時間がたってから、局内外には全く異なった考えを持っている人々が数多く存在していたことをイヤというほど思い知ることになった。


