オウム側の証拠で「見せていた」へ変更

TBSの社内調査で「見せていない」とされていた調査結果はその後の調査で覆った。1996年3月25日のことである。捜査当局に押収されていたオウム真理教幹部のいわゆる「早川メモ」を入手したことで、事態は急転し、TBSは「みせていない」から「みせていた」へと局の見解を変えたのである。

当日の『23』の進行表によれば、トップ項目で「坂本ビデオ問題 TBSが見解を変更、謝罪」とある。リード30秒。社長会見1分。TBS新見解1分。根拠となった早川メモのポイント1分。これまでの経緯1分。処分内容と今後の対応40秒。坂本弁護士が所属していた横浜法律事務所の反応と郵政省事情聴取1分20秒。視聴者へのおことわり30秒。このあとに普段よりもかなり長い「多事争論」で筑紫さんは次のように述べた。

筑紫哲也さん
画像提供=朝日新聞出版・松永卓也
筑紫哲也さん

「TBSは今夜、今日、死んだに等しい」

報道機関というのは、形のあるものを作ったり売ったりする機関ではありません。そういう機関が存立できる最大のいわばベースとは何かと言えば信頼性です。特に視聴者との関係においての信頼感です。その意味で、TBSは今夜、今日、私は、死んだに等しいと思います。これまでも申し上げてきましたけれども、過ちを犯したこともさることながら、その過ちに対して、どこまで真正面から対応できるか、つまりその後の処理の仕方がほとんど死活に関わると申し上げてきましたが、その点でもTBSは過ちを犯したと思います。そして、今日の結果の発表も、まだ事は緒に就いたばかりで、これからやるべきことはいっぱい残っているだろうと思います。その中で自分たちがどういうことを考え、何をやっているのかをもう少し公開することもひとつの務めであろうと思います。実は、こういうことを申し上げるべきではないのかもしれませんが、今日の午後まで私はこの番組を今日限りで辞める決心でおりました。というのは視聴者との関係で言えば、私はTBSの社員でもありませんし、直接、今回の事件のことを知っているわけでもありませんけれども、信頼性と、視聴者との関係で言えば、いわばTBSのひとつの顔の役割を果たしてきただろうと思います。その責任もあるのではないかと考えまして、そのあと番組が始まるまで、スタッフたち、局内の人たちとずいぶん長い議論を致しました。ある意味では、私はみっともないことだと思いますけれども、しかしこの局で仕事をしていて、ここまで落ちて、いったん死んだに等しい局ですけれども、これから信頼回復のために、あるいは蘇るために努力しようとしている人たちもいます。その人たちと一緒に、とにかくしばらくのあいだは、そのための努力をしたいと思います。これまでも局内で、あるいは番組でもいろんな自分の意見を申し述べてきましたが、これからも一層その努力をして、テレビのあり方も含めて、大いにこれを機会にしてきちんとすることが、せめてもの坂本ご一家に対する償いではないかと思っております。
――1996年3月25日の「多事争論」